『番外編』
温もり【3】
陸のマンションから私のアパートまで時間にして二十分。
いつもならあっという間に着く距離も今日は重苦しい空気にひどく居心地が悪い。
車に乗ってから陸は一言も口を開かなかった。
ただカーステレオから流れるJ−POPだけが二人の沈黙を埋めるように流れていてそれを口ずさむ事もない。
私のアパートの前で車を止めた陸はハザードを点けるとようやく口を開いた。
「また……電話するね。おやすみ」
笑みを浮かべようとしているけれどぎこちなく顔が歪んでいる。
陸にそんな顔をさせるつもりはなかったのに……。
陸がいつものように挨拶代わりのキスをしようと顔を傾けて近付いて来る。
けれどこんな気持ちのままキスを受け入れられなくて思わず顔をそむけてしまった。
「麻衣?」
キスを避けられて一瞬息を殺した陸が少し硬い声で名前を呼んだ。
陸に視線を戻すとその表情は悲しいのと辛いのが同居したような複雑な顔をしている。
目が合ってすぐに視線を逸らそうとした陸に私は慌ててTシャツを引っ張って引き止めた。
「ち、違うの」
「違う? 何が?」
「い、今ちょうどアレで――」
早く誤解が解きたくていきなり話を始めてしまった。
しかもハッキリと言えない私の言葉に陸は首を傾げている。
この年になって恥ずかしがる事じゃないでしょ!
自分にそう言い聞かせながら私は口を開いた。
「今ね、生理だから……泊まったりするのは……」
「あぁ……」
ようやく意味が分かったらしく短く返事をした。
「だ、だから……嫌とかじゃないからね。おやすみなさいっ」
気恥ずかしくて早口で捲くし立てると私は素早くドアを開けた。
けれど後ろから伸びて来た腕に体ごと引っ張られた。
「俺はね……ただ麻衣の隣で眠りたかったの」
陸……。
勝手に私が勘違いしていたのかな?
少し頼りない声の陸は言葉を続けた。
「まぁ……会う度にエッチしてる俺が言っても説得力ないかもしんないけど……別にエッチしなくても麻衣が隣に居てくれたら嬉しいから」
囁くような声。
熱い息が耳に掛かる。
私を抱きしめる腕に力がこもりギュッと私の体を抱きしめた。
勘違いをしていたの私は恥ずかしくなった。
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