『番外編』
Another one34

 夕方の渋滞が始まる前の道を走りながら、誠に仕事を紹介されたあの日のことを思い出していた。


「陸……いい加減にその顔止めろ」

「どこまで行くんですか」

 気持ちの切り替えが出来ない陸は不貞腐れた顔のまま誠に連れられて駅ビルに入った。

 どうしてもさっきの女性客のことが頭が離れず、本当は今だって掛け出したいくらいだった。

 それでも今の自分にはこの仕事しかないと思えばどうにか後ろを振り返らずにいられる。

 紹介されたのは飲食店のオーナーだった。

「初めまして、中塚です」

 腰掛ける前に名刺を差し出す。

 名刺を手渡す瞬間に相手と目が合った。

 普段なら気が付かないほどの変化だったが相手の視線が自分を品定めしたのが分かる。

 渡された名刺に視線を落とせば、以前自分がホスト時代に配っていた物と似ている。

 店の名前と電話番号が書かれ名前は「竜」とだけ書いてある。

(ビジネスで渡す名刺じゃねぇだろ。俺、バカにされてんのか?)

「確かに……花屋にしておくにはもったいねぇな、誠」

 指先で名刺を弄びながら誠に声を掛ける、それが第一声だった。

「おかげでうちは新人発掘におおわらわですよ」

 誠の言葉が社交辞令だったとしても、それは陸にとっては嬉しいことだ。

 少なくとも店にいる間は世話になってきた誠への恩返しが出来ていたと思いたい。

 自分の夢を叶えるためだと店を去った後も折に触れ気を掛けてくれるのもありがたかった。

「陸、竜さんは俺が昔世話になった方だ。ホストクラブ以外にもバーを2軒を経営されている」

 仲介役の誠は陸の隣に座りそう切り出した。

(まさか……ホストをやらないかって話、じゃないよな?)

 そう思ってつい身構える陸を竜の視線が観察するように追いかける。

「年はいくつだ?」

 まるで近所の子供にでも話し掛けるかのように気さくな笑み、けれどこれから仕事の話を始めようとする相手にその質問はどうなのか、ムッとしたせいで不自然な間が出来てしまった。

「おい、陸……」

 しっかりしろと言わんばかりに横から誠に小突かれてようやく口を開いた。

「22歳です」

「若いな」

(だったら……何だよ)

 今まで自分の年齢に何かを感じたことはなかった、けれどあの日を境に「まだ若い」自分自身に苛立ちを感じている。

 二人の年齢差が埋められないことを分かっている、それでも年下である自分がいつか対等に麻衣と向き合える日が来ればもしかしたら……。

 そんなほんの一筋の希望がまだ心の中に残る。

「ホストの方が楽じゃねぇか? 酒飲んで女口説いてりゃ、普通のサラリーマンが一年掛かっても稼げねぇ金を一ヶ月で稼げる。それにお前のその顔ならわざわざ口説かねぇでも女のほうから寄ってくるだろ」

 明らかに嘗められている、そうでなければバカにされているとしか思えない。

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