『番外編』
Another one33

 金曜日の夕方、店の前に着けた車に作り上げたばかりのアレンジメントを注意深く積み込む。

「店長ー! この胡蝶蘭もですかー?」

 動かないように固定し終えると店の中から朱里の声が聞こえて来た。

「重いから俺が運ぶよ!」

 大振りの五本立ての胡蝶蘭を抱えようとする朱里の後ろ姿に驚いて慌てて声を掛けた。

 すまなそうな顔をする朱里が手持ち無沙汰にしているのを見て、カウンターの上に置いてある50本の真紅のバラの花束を指した。

「朱里ちゃんはそっちお願い出来る?」

「はいっ!」

 嬉しそうな顔をして頷くのを見て胡蝶蘭を抱えてバンへと向かった。

 新しい仕事が始まって十日ほどが過ぎた。

 誠さんからの紹介なんて最初はあまり気乗りしなかったけれど、始めてみようと思ったのはまたとないビジネスチャンスだと思ったからだ。

 理由はそれだけじゃない。

 今までよりも仕事に集中する必要があった。

 そうじゃない……ほかの事を考えないようにするために忙しくする必要があった。

(麻衣……、どうしてる?)

 あの日ようやく見つけた麻衣へと繋がる道、領収書に書いた社名だけが頼りだ。

 忘れようと思っても忘れられないほど深く濃く記憶に刻まれた、けれど新しい仕事を始めてからはそれを確認する時間はない。

 緊張の毎日は幸か不幸か部屋に帰ってもすぐに睡魔に襲われて気が付けば朝になっている。

 ようやく慣れ始めてきたせいか今日こそはずっと考えていたことを行動に移すつもりだ。

「これで全部ですねっ」

「あ、ああ……そうだね。じゃあ一時間くらい店番お願い出来るかな」

 ボンヤリしていた陸は悟られないように、伝票と荷物をチェックし終えるとドアを閉めた。

 配達の為に店を空けることだけが気掛かりだったけれど、日に日にしっかりしてくる朱里ちゃんにその心配は必要なくなった。

 頼もしく頷いた朱里に見送られ、帽子を被り直して車へと乗り込んだ。

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