『番外編』
Another one32
アルバイトの朱里は誠が紹介した、まだ10代だが今時珍しいほど礼儀正しく、真っ直ぐで元気で明るい。
ただ……普通のアルバイトではないという事が、少々問題になってくるわけだが……。
「それなら問題ない、実は……」
「はい?」
その理由を誠が説明しようとするよりも早く店先にはスーツ姿の男。
陸もすぐに気付いたのか慌てて誠の顔を見て視線だけで説明を求めてくる。
「俺の方から連絡しておいた……んだが、ま……さか本人が来るとは……」
一番会いたくなかった人物の登場に誠はため息を漏らさずにはいられなかった。
そこそこ「普通の人」に見える下っ端を送ってくると思っていただけに、動揺は思ったよりも大きく咄嗟の事で気持ちの準備も間に合わない。
「まさかお兄ちゃんが来るとは思わなかった、って顔だな、誠?」
店内に足を踏み入れて満足そうな笑みを浮かべるのは池上仁、誠の八歳上の兄だ。
細身の身体に銀鼠色のスーツ姿は一見すると青年実業家のように見えなくもない、だがその後ろに控える暮林貴光の存在が一気に只者ではないと感じさせる。
強面で体格の良い貴光を従えながら店内に入ってきた仁、陸は誠を押しのけるようにして慌てて一歩前に出ると頭を下げた。
「ご無沙汰しています」
「おう、元気そうだな。店も順調で何よりだ」
「は、はい。朱里ちゃんが頑張ってくれているので助かっています」
陸の言葉に仁が満足そうに頷くと、男の間をすり抜けるようにして店内に入ってきた朱里が仁と陸の間に立ちはだかった。
「もうっ! 何しに来たのっ! ヤクザが花屋にいたらお客さんが怖くて入って来れないでしょっ! 早く帰って!」
「あ、朱里ちゃんっ……」
店の外を指差して威勢のいい啖呵をきる朱里に陸は慌てて朱里を止めようとしたが、仁は動じないむしろ楽しんでいるように見えた。
陸が顔を青くして慌てるのも無理は無い、普通ならば仁に楯突こうものならその場で相応の制裁が行われる。
誠が朱里と顔を合わせたのはここで働くようになってから、実際に仁と朱里が二人一緒にいる所を見るまで信じられなかったがようやく納得出来た。
(さすが……先代の恒心会会長でもある親父が気に入っただけのことはあるか)
「夫として妻が働く姿を見てやるだけだ、気にするな」
「気になるに決まってるでしょっ! お花屋さんは女の子が来るの! あんたや貴さんがいたらお客さんが寄り付かないでしょっ」
「おいおい、失礼だな。タカのことはおいとくとしても、俺と誠はそう大差ないだろう」
仁は心外と眉を上げながら顎で誠をしゃくると、朱里は仁と誠を慌しく見比べて大きく首を横に振った。
「ぜっんぜん違うっ! 出てるオーラが違う! 遊んでるホストとヤクザじゃ全然違うっ!」
(あ、遊んで……)
10歳年下の義姉の容赦ない言葉に軽くショックを覚えた。
(これは……彰さんの言うとおり、兄さんよりも手強い)
一回り以上も違う女の子を妻として娶ったと聞いた時は、一体どんな手を使って脅迫したのかと思ったが、とても素直に聞くような相手には見えない。
「あ、朱里ちゃん……お、落ち着いて。急なんだけど、仕事の話があるらしくて店を空けなくちゃいけないんだ。その間店番頼めるかな?」
「はいっ! でも……こんなのがいたらきっとお客さん誰も来ないですよ?」
「こ、こんなのって……えっと、じゃあ仁さんと貴光さんには奥の部屋にいて貰うってことで。それと……店の前の黒塗りの車は動かしてもらって……」
(今度二人の馴れ初めとやらを聞いてみたいもんだ……、兄さんのことだからどうせろくでもないやり方をしたんだろうが、それを朱里ちゃんがどうして受け入れたのか……)
ボンヤリと考えごとをしていた誠だったがら、陸が仁の顔色を伺いながら段取りをつけ、一抹の不安を残す陸と共に連れ立って店を出ることが出来た。
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