『番外編』
Another one31
客の居なくなった小さな花屋の店内には陸の荒い呼吸がやけに大きく響いていた。
仕方が無いこととはいえ、手をあげてしまったことはすぐに後悔したが、その思いを断ち切るように叩いた手をグッと握り締める。
(しっかりしろよ、陸。正念場なんだ)
陸の麻衣への想いを知っている以上、本当ならばあのまま追いかけさせてやりたかった。
ようやく見つかった、偶然にも見つけることが出来た、彼女へと繋がる道、ならば昔のようにがむしゃらに追いかける後ろ姿を見たかった。
(でも、今はダメだ……今だけはダメだ……)
「それでだな……」
誠は複雑な気持ちを胸の奥にしまいこみ、本題へと戻すために声を掛けた。
「仕事の話って何すか?」
さっきまで俯いていた陸が真っ直ぐ誠を見上げる。
わずかに怒りを滲ませた表情、必死に気持ちを抑えつけているようにも見える。
仕事の話なら仕方ないと諦めたのか、それとも経営者の自覚が出てきたのか、どちらにせよ以前の陸ならば考えられない成長に驚いた。
(まぁ……ケンカ腰の口調はらしいっちゃ、らしいがな)
「お前に知り合いを紹介しようと思ってな」
「知り合い?」
「ああ……」
「冗談やめて下さいよ。今さらホストなんて戻る気ないっすよ」
「は? な……に言ってんだお前」
「誠さんの知り合いにホスト以外いるんすか? 真っ当な仕事先を紹介してくれるとは思えない」
(怒るな、俺)
陸の言っていることは大方間違ってはいないが、さすがにムッと来たものの大人の対応をしなければと一旦陸から視線を逸らし息を吐いた。
「ここが潰れたら新人のホストで俺が雇ってやるよ。それが嫌ならせいぜい潰れないように頑張るんだな」
大人の対応をするはずが……陸の怒りに触発されて出て来た言葉は少々大人気ない。
だがそれも当たらずとも遠からず、たとえどんな理由があろうともビジネスチャンスは掴まなければならない。
その為の橋渡しをするという大きな役目、これを無事に見届けられたら、本当の意味で陸の親代わりを卒業することになるだろう。
「当然ですよ。今さら戻る気なんてさらさらないですよ。それで……仕事ってのは?」
「店をいくつか持ってる人がいて、新しく花屋を探しているらしい」
「店……って、どんな……」
「俺が説明するよりも直接会って話した方が早いだろ。実はそこの喫茶店で待って貰ってる、どうする?」
陸の顔からさっきまでの怒りが消えた。
真剣な眼差しで誠を真っ直ぐと見据える陸は経営者の顔そのものだ。
その成長が誇らしくもあり、少しだけ寂しくもある。
「行くのはいいんですけど……でも店番が……朱里ちゃんを一人で残していくのはマズイんでしょう? 今から連絡してもすぐに来れるのか……」
陸の視線が店先に立っている看板娘でもあるアルバイトの朱里に注がれた。
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