『番外編』
Another one30

 まるで子供が母親に甘えるように、身体を重ねていた誠はようやく身体をずらし、腕で頭を支えながら美咲の顔を見下ろした。

「本当にお節介な男ね」

 改めて面と向かって言われるとムッとする言葉だが、その口調は珍しく柔らかく微笑みを浮かべている。

「陸には……幸せになって欲しいんだよ」

「私も麻衣には幸せになって欲しいわ」

 結婚=幸せなんて事は思わない。

 ただ一緒にいる時の二人の顔は本当に幸せそうで、二人でいることがあまりに自然でそうなることが当たり前のように思ったこともある。

「二人で幸せになる方法はないのか?」

 他人を心配する前に自分のこともどうにかしたい、そんな気持ちもあるけれど今はこうして側にいられるだけで十分だ。

 この気掛かりなことが片付いた暁には全力で口説きに行こう、そう改めて決意を固くしながら美咲の返事を待った。

 視線を泳がせてしばし逡巡した美咲が珍しく気まずそうな顔を見せた。

(やっぱり……答えられない、か)

 美咲が麻衣の本心を知っていることは明らかで、しかもその障害を取り除くことが容易でないことも明らかだった。

「陸くんが変わらないで、麻衣が変わることが出来たら……」

「はあ? どういう意味だ……」

 まるでなぞなぞでも出されたような気分で首を傾げるとタバコの横に置いた携帯が着信を告げた。

「朝からお盛んね」

 冷ややかな声と共にベッドから抜けだそうとする美咲を片腕で引き戻し、それから携帯に手を伸ばした。

(可愛いんだか、可愛くないんだか……)

 明らかにヤキモチを妬いていると思うのだが、それを言った所で認めるはずがない。

 内心ニヤニヤしながらだが顔にはおくびにも出さず口を開いた。

「仕事用の携帯じゃねぇよ。プライベートの方だ」

「別にどっちの携帯だろうが私には関係ないけど」

 興味なさそうにそう答えながらも大人しくベッドに戻って枕に頭を預ける美咲に思わず頬が緩む。

(さっさと電話を終わらせて、そしたら……少しくらい……)

 週明けの今日はもちろん美咲は朝から仕事だが、善からぬことを考えていた誠は携帯に表示された名前に思わず跳ね起きた。

「ま、誠!?」

 あまりの慌てように美咲も驚いたのか慌てて起き上がって誠の持つ携帯を不審そうに見つめる。

「なんで……?」

 滅多に掛かって来ることのない相手、しかもこんな朝から掛かって来るなんて考えられない。

(俺……何もしてねぇよな?)

 それを思い出すには時間が足りなさすぎる。

 とにかく電話が切れてしまう前に出なくてはと誠は一回だけ深く深呼吸をするとベッドの上に正座をして通話ボタンを押した。

「……誠?」

 一体誰?と美咲が視線で問いかけてくるが、視線だけでそれを制して口を開いた。

「はい、池上です」

『澄ました声出してんなぁ、誠。朝っぱらから悪いな……いや、現役のお前は今から寝るところか?』

 相手はからかうような気さくな話し方にも関わらず、誠の携帯を持つ手には不自然に力が入る。

 緊張で強張った顔にその電話の相手が誰なのか、黙って様子を窺う美咲は首を傾げるだけだった。

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