『番外編』
Another one26
気もそぞろになりながらボールペンで社名を記入していると、女性は散らかった鞄の中身を片付け始めた。
「あ……」
目の端に入っていた携帯、何気に視線を送った陸は小さな声を漏らした。
(これって……)
もう今では見かけることのないかなり前の古い機種、それでも絶対忘れることの出来ない思い出の携帯。
二人を結びつけるきっかけになった携帯と同じ機種の携帯に視線が釘付けになった。
「あの……?」
手を止めて携帯に見入っていた陸は女性の訝しげな声にハッとしたが、それでも視線は携帯から外すことが出来ない。
(偶然……か?)
さっきは麻衣という名前、そしてこれは麻衣が持っていた携帯と同じ機種。
いくら偶然でも二つ重なると何かしらの予兆なのではないかと思えてくる。
「あの……どうかしましたか?」
未だ顔を上げない陸に女性は首を傾げて陸の顔を覗きこんだ。
「あ、あの……これ……」
視界の中に女性の顔が割り込んで来たおかげでようやく我を取り戻し、陸は恐る恐る指を差して声を絞り出すことが出来た。
「携帯……ですか?」
「ええ。その携帯……その……」
こんな風に質問を投げ掛けること自体おかしいと思われているかもしれないが、少しでも平静を装うために書きかけの領収書を仕上げた。
女性は不思議そうに首を傾げながらも置きっぱなしの携帯に手を伸ばした。
「これ借り物なんです」
「借り物?」
その言葉に心臓がドクンと跳ねた。
(確かに若い女性が持つには少し古臭い感じはする……けど、まさか……そんなことあるわけないよな)
いつになく早く回転する頭は自分に都合の良い仮説を立てたがすぐさま打ち消した。
自分はまだ麻衣のことが諦めて切れていない。
さっきまではもうフッ切ろうと思っていたはずなのに、こんな風に麻衣との思い出の片鱗に触れれば情けないほど心を掻き乱されてしまう。
(しょうがねぇだろ……)
どんなに気持ちを抑え込もうとしたって、麻衣のことが好きな気持ちを思い出にすることもなかったことにすることも出来ない。
「自分の携帯の充電が切れちゃってー、会社の人に借りて来たんですよー。やっぱり携帯って持ってないとなんか不安でー」
笑いながら話す女性に「そうですね」と適当に相槌をしながら領収書を手渡すとちょうど携帯が鳴った。
「もしもーし」
手に持っていた女性は鳴ると同時に電話口に出る。
「ゴミ袋ですか? いいですよー! え? それくらいのお金は残ってますっ! もうー、はい分かりましたー」
用件だったのか手短に終わった電話。
その間も携帯から目を離すことの出来なかった陸は電話を終えた女性が通話終了のボタンを押すと目を見開いた。
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