『番外編』
Another one25

「えぇ……っと、あれぇ?」

 いざ会計という時になると女性は急に焦り始めた。

 最初のうちはゴソゴソと鞄の中を探っていたのだが、それでは埒が明かないとでも思ったのか、テーブルの上に鞄をひっくり返した。

(おいおい……)

 声を掛けていいものか迷いつつも、黙って見ているわけにもいかず恐る恐る声を掛けることにした。

「あの……どうかされましたか?」

「うそぉ〜、どっかで落としたのかなぁ」

 自分の声はどうやら届かなかったらしい。

 問いかけに対する返答じゃないことに落胆しつつも、何が起きているのか何となく予想が出来た。

(困ったな……)

 一体どうしたものかと思案していると、女性は小さく声を上げると携帯に手を伸ばした。

「やっぱどっかで落としたのかなぁ……」

 独り言を呟きながらどこかに電話を掛けようとしている。

 きっと支払いに使うはずの金のことだろう、そう察しはついてもどうすることも出来ない。

 お客様の結論が出るまで待つしかない、あまり近くに居て電話のやり取りを聞いてるのは申し訳ないとその場を離れようとした時だった。

「あ、もしもしー? 麻衣さぁぁぁぁん、お金がないんですぅ」

「――――ッ!?」

 決して忘れることのない名前に頭が認識するよりも早く身体が反応した。

 振り返って思わず携帯に伸ばそうとした手をどうにか留めることが出来た。

(麻衣なんて名前……普通にあんだろが……)

 暴れ出しそうな心臓を抑えつけようと女性に背を向けて花の手入れをする。

 それでも女性と電話の相手の会話が気になって仕方なく、動かさなきゃいけない手も止まりがちになってしまう。

(もう一度……名前、もしかしたらさっきのは聞き間違いでマイコとか……マイミとか……そういうのかも……)

 そう思いながらももし電話の相手が麻衣だったら、そう思うと居ても立ってもいられない。

「良かったぁ〜。鞄に入れたと思ってたからぁ」

 ひと際大きな声。

 聞こえるはずがないと分かっていても、もしかしたら……と思うとさりげなく女性の近くに寄って耳を済ませた。

「はい……はい。立て替えるくらいは持ってますよぉ。じゃあ、これから帰りまぁす」

(聞こえるはずないか……)

 会話が終わり携帯のボタンを押すのを見て思わずため息が漏れそうになる。

 どうしても気になる、気になるけれどお客様に今の相手を聞くことなんて出来ない。

(でも……確かにマイって言ったよな?)

 名前を聞いただけで千々に乱れる心はこの女性から注意を逸らすなと強く訴えかける。

「えぇっと三千円と……領収書お願いします。名前は……」

 女性が自分の財布から出した三千円を受け取り領収書を書き始める。


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