『番外編』
Another one24
「カゴ盛り下さいっ」
店に入って来るなり若い女性はそう言った。
(は……?)
一瞬何を言われたのかと思ったけれど、さすがに客商売は慣れている。
すぐさま相手が何を言いたいのか理解して笑みを絶やさず口を開いた。
「あちらのようなアレンジメントでよろしいですか?」
陸がガラスケースの中を差すと若い女性も視線を移して大きく頷いた。
「そうそう! アレンジメント! 何回言われても覚えられなくてー」
自分の言いたかった言葉を思い出したのか、手を叩きながら笑いだした。
(お使いでも頼まれたのかな?)
見た感じは自分と同じくらいの年齢の若い女性は慣れてない感じで店内を見渡している。
その度に揺れる綺麗な栗色の髪がつい麻衣の姿とダブってしまい胸の奥が苦しくなる。
(何やってんだ……仕事中だぞ)
すぐに気持ちがブレてしまう自分に舌打ちしそうになりながらもしっかりと仕事用の笑みのまま声を掛けた。
「あちら以外でもご希望のものをお作りすることも出来ますよ。ご予算などはありますか?」
「会社の人の奥さんへ渡す出産祝いで、三千円で……えっと、女の子だったからピンクで優しい感じで、って……あんな感じ!」
言われた通りに復唱しているのか、時々思い出すように視線を彷徨わせている。
それから再びガラスケースに視線を合わせた若い女性は指を差して笑みを浮かべた。
「あちらも三千円のものになりますね。新しくお作りすることも出来ますが……」
「んーーーー」
女性がガラスケースに顔を近付けて右や左から眺めているのを見て、アレンジメントを取り出すとテーブルの上に置いた。
あまり話しかけてはうるさがられてしまう、邪魔にならない程度に側に立って待つことにした。
店の外に視線を移せば自分よりも商売熱心な朱里が年配の女性と楽しげに話をしていた。
(あの働きはボーナスくらいあげたくなるなぁ)
とても出せるほど利益はないけれど気持ちだけは十分あることを心の中で詫びていると女性が顔を上げたことに気が付いた。
「これ下さいっ」
「ありがとうございます。今、お包みしますね」
オアシスの水を確認してから透明なセロハンを適当な大きさに切り、アレンジメントを下から包むようにふんわりと掛ける。
ホッチキスで数ヶ所留めながら形を作り、最後にピンク色のリボンを左上に留めて完成だ。
最初の頃は何度も練習したこの作業も今では手が勝手に動くまでになった。
出来あがった物をまちの広い袋に丁寧入れて顔を上げると女性と目が合った。
「はぁー、さすがお花屋さんですねー」
何に感心したのか分からないがそんな声を上げられると妙に照れくさい。
ようやく自分も花屋として見て貰えてるのだと自覚する瞬間でもあり、それが売上げ以外で感じられる手応えでもあった。
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