『番外編』
Another one23
つい先日まで冬っぽくないな、なんて思っていたのが嘘みたいに空気も空も冬模様。
曇天の空のせいか吹きつける風はより冷たく、地面からは体温をも奪おうと冷気が這い上がってくる。
もちろん店の中では暖房なんてつけられるはずもない。
夏の暑さは平気なのに寒いのはからきしの陸は、背中に貼っているカイロだけが頼りだ。
「朱里ちゃん、外寒いだろ? 中入ってて、風邪引いたら大変だよ」
今日も元気な朱里はジーンズにタートルネックのセーターにフリースの上着という動きやすい格好で看板娘を務めてくれている。
「大丈夫ですよっ! 身体だけは丈夫なんです!」
そう言って店の中にいる陸に向かってガッツポーズを見せる朱里の顔からはまったく寒さを感じない。
(若いからなぁ……)
そういう自分とそう大差あるわけではないけれど、精神的な部分の年齢差も関係しているのかもしれない。
はつらつとしている朱里はまるで夏の太陽を全身に受けて大きな花を咲かせる向日葵のようだ。
彼女を見ていると自然と元気が出てくる。
陸は自分も負けていられないと、つい丸くなってしまう背中をシャンと伸ばした。
(そろそろクヨクヨすんのは止めだ!)
なかなか踏ん切りがつかない自分に焦れていた、このままでは本当に自分がダメになってしまうのも分かっている。
「せめて……ようやく叶えた夢だけでも手離したくない」
麻衣のことも店と同じくらい大事なものに…。
別れを告げられたけれど、結局手を離したのは自分の意志だった。
でもこの街に居たらいつかどこかですれ違うかもしれないと心のどこかで期待して、似た背格好の後ろ姿を見かけるたびに追いかける自分がいる。
違うと分かるたびにひどく落胆して気持ちを浮上させるのが辛かった。
一年間ずっと迷っていたけれど、ようやく自分の中で整理がつきそうだった。
今さらどうこう出来るはずもない、いつまでもクヨクヨ考えていても意味がない、今はただ店のことだけ考えよう。
忘れるのも気持ちを断ち切るのもあと少し時間が掛かるけれど、もう手の届かない所にいる麻衣のことを追いかけるのは止めよう。
ようやくそう思えるようになれた。
一緒にいる時は二人でいつまでもいられるのだと信じて疑わなかった、まるで運命の人と出会えたとも思った。
この先また誰かを好きになることがあったとしても、もうあんな気持ちになることはないかもしれない。
(カッコつけるわけじゃないけど……きっと誰も好きになれないだろうな)
離れて初めて自分にとってどれほどの存在だったか思い知り、それは時が経てば経つほど濃くなっていった。
「って……また暗くなってんじゃねぇぞ!」
もうフッ切るのだと思ったばかりなのに、つい後ろ向きになりそうな自分に思いっきり両頬を叩いた。
「店長ー? なんか言いましたー?」
「何でもないよー。さぁ、今日も頑張ろうっ!」
「って……もう3時過ぎてますけどねー」
外では朱里がクスクスと笑っている。
再開発で建った駅ビルは若者向けの店舗が多く入っているが、さすがに平日は人出も多くなく売上げは落ちる。
夕方の帰宅時を狙って売上げを確保しないと今日のノルマまでは到達しそうにない。
ようやく仕事モードに切り替わった陸の耳に朱里の元気な声が飛び込んで来た。
「いらっしゃいませーっ!」
その明るい声に陸は前職で培った笑顔を浮かべて顔を上げた。
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