『番外編』
Another one22
麻衣は所用のための書類などを確認している様子を眺めていたが、突然大きな声を出す靖子に慌てて立ちあがった。
「どうしたの??」
「携帯のじゅーーーでーーーーんっっっ」
その声の後に狭い事務所に鳴り響くピーという携帯の電源が落ちる音。
二人は思わず黙り込んでしまったが、先に気を取り直したのは麻衣だった。
「出掛けている間に充電したら? 充電器は確か社長のがどっかに……」
引き出しを開けて充電器を探す麻衣に靖子は泣きそうな声を出した。
「携帯持ってないと不安ですぅ……」
「でも充電切れてたら意味ないよ?」
「そうですけどぉ……」
靖子は今時の若者らしく、何よりも携帯を持っていないと不安だと顔を曇らせる。
だからといって携帯が充電出来るまで出発を遅らせるわけにもいかず、麻衣は自分の携帯を取り出すと靖子に差し出した。
「私の持って行く?」
「えぇ……でもぉ……」
「何かあった時に困るでしょ? 今は公衆電話とかもなかなか見つからないし」
「いいんですかぁ?」
「その代わり、会社に掛ける以外では使わないでよ?」
麻衣がそう言うと靖子はキョトンとしてすぐに声を立てて笑った。
「もうっ! 使いませんよぉー! 彼氏にメールするなら自分の携帯からしますっ」
「じゃあ使って? こっちも連絡がつかないと困ることもあるだろうし、保険だと思って、ね?」
「ありがとうございますっ!」
靖子は深々と頭を下げて携帯を受け取ると鞄にしまわずにいきなりカパッと開いた。
(なっ……!?)
麻衣はギョッとしたけれど、すぐに靖子の目的を知って納得した。
「前から聞きたかったですけど、この待ち受けのイケメンって誰です? こんな芸能人っていましたっけー?」
そこで彼氏という言葉が出て来ないことに思わず苦笑したが、麻衣はすぐに気を取り直して笑みを浮かべた。
「ちょっと昔のね……」
芸能人って言葉については否定も肯定もせずに濁した。
間違ったことは言っていない。
(あれもそろそろ変えないとね……いつまでもあのままじゃ変だし……)
誰かに携帯を見せる機会なんてそうそうないけれど、今回みたいなことがあると説明するのが難しい。
まさか自分から別れを告げた恋人にまだ未練があって……なんて説明出来るわけがない。
「へぇー、結構イケメンですよね! 待ち受けにしちゃうくらい好きなんて、麻衣さんって結構可愛いとこありますねー」
靖子はクスクスと笑いながら麻衣の顔と携帯の画面を見比べる。
「はいはい、分かったから早く行かないと遅くなっちゃうよ? 定時までに帰って来なかったら先に帰っちゃうからねー?」
「えーーっ、それはダメーーっ! じゃあ、行ってきますっ」
これ以上茶化されたら堪らないと麻衣は靖子を促した。
靖子は携帯を握りしめて慌てて事務所を飛び出して行った。
数秒後には事務所の窓から車が急発進して行くのを確認した。
麻衣は小さく笑い静かになった事務所で仕事を再開させた。
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