『番外編』
Another one21

「……さん、……衣さんっ、麻ー衣さんっ!!」

「なに!? どーしたの??」

 突然頭の中に届いた大きな声に驚いて慌てて顔を上げた。

「もう! どうしたの?はこっちのセリフですっ! 朝からボーッとして何かあったんですかぁ?」

 呆れ顔でそう言うのは会社では先輩だけれど、まだ二十代になったばかりの靖子。

 席は向かい側だが今は立ち上がり腰に手を当てて麻衣を見下ろしている。

「ごめんごめん。なんだか寝不足だからかなぁ」

「寝不足はダメですよぅ! お肌に大敵ですっ!」

 本当は別のことが理由だったが誤魔化すためにそう言うと、靖子は爪が可愛く彩られた人差し指を立てて真剣な顔をする。

 もう一度ごめんねと謝ったものの、朝からずっとこんな調子でいることは自分でも気付いていた。

 どうしても仕事に集中出来ない理由は今朝の両親との会話のせい。

 もちろん悪いのは両親ではなく、今さら後悔ばかりを感じている自分がいるからにすぎない。

 もし……あの時本当の気持ちを打ち明けていたら、何か変わっていたのかもしれない。

 両親のようにどんなことにも二人で立ち向かっていくことが出来たらあのままずっと一緒にいられたかもしれない。

 後悔ばかりが自分を責める。

 今さらそんなことしても遅いのはよく分かっていても、まだ陸のことを好きな気持ちが残っている心が言う事を聞かない。

(陸は分かったって言ったじゃない……)

 もう今さら連絡を取ったところで、あれから一年以上も経っている。

 あんなにモテる陸が一人でいるはずがない、何より自分に心を残しているとは思えない。

「それじゃあ……そろそろお使い行ってきますねー」

 靖子がゴソゴソと準備を始めた。

 その声にハッとした麻衣はまた考え事をしていたことに気付き、いけないと首を横に振ると顔を上げて靖子を見上げた。

「気をつけてね」

「大丈夫ですっ! 運転だけは麻衣さんより上手い自信がありますっ!」

「もうーーそれは言わないでよーー」

 まだここに入ったばかりの頃。

 外回り用の軽自動車を工場から駐車場に移動させた時のことだった。

 普通なら一分も掛からないはずなのに、五分以上掛かっても駐車場に停められず、見るに見兼ねた現場主任が飛び出して来て交代した。

 その日から麻衣にはハンドルを握らせないというのがこの会社の暗黙のルールになっている。

 無邪気に麻衣の運転の下手さを口にする靖子は会社の小さなトラックも簡単に乗りこなす。

 麻衣はそんな靖子の物怖じしないところや伸び伸びとした性格を羨ましく思っていた。

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