『番外編』
Another one20
本当はそんなこと思ってない、本当はそう言える母が羨ましい。
「簡単な恋愛なんてあるわけねぇだろ」
重たくなりかけた雰囲気に割って入って来た声は竜之介。
竜之介がパジャマ姿のまま美紀の横に腰を下ろすと、二人はいつものように朝の挨拶を交わしそれから正面に座る麻衣に向き直った。
「それに……だ、俺達がそんな簡単にいったと思ったら大間違いだ」
竜之介はテーブルの上のタバコに手を伸ばしながら言った。
「美紀から別れ話されたことなんて両手両足の指合わせたって足りねぇよ、なぁ?」
「え……?」
それは初耳だった。
仲睦まじい両親の姿はとても想像出来ない、でも互いに顔を見合わせて笑い合う二人が嘘を言っているようにも思えない。
「ホストと付き合うなんてものすごく大変だったのよ? 別れ話っていっても愛情の確認みたいな感じになった時もあったけど、その度に竜ちゃんの気持ちを確認出来て嬉しかったわ」
そう言って嬉しそうに笑う美紀の顔を竜之介もまた嬉しそうに見つめている。
「お父ちゃんは……嫌、じゃなかったの? そんな試すみたいなことされて……重いとか面倒って思ったりしなかったの?」
両親の思い出話としてではなく、父と彼では考え方が違うと分かっていても、男としてホストとしての気持ちを聞いてみたかった。
竜之介はその頃のことを思い出しているのか目を閉じると少ししてから話を始めた。
「ホストなんて仕事してたからな。俺には覚悟と強さが必要だったな」
「覚悟と強さ?」
「ああ……仕事とはいえ恋愛の真似事みたいなことをする。そんなことをしてる奴を好きだって言ってくれる美紀の辛い気持ちをすべて受け止める覚悟」
真剣な竜之介の表情は父としてではなく一人の男としての顔だった。
「それに……自分が好きになった女を手離さないという強い気持ち。不安で道に迷ったなら必ず手を差し伸べてやるし、一人で歩けないっていうなら歩けるまで待ってやった」
「そういえば……竜ちゃんは別れ話をしても嫌な顔あんまり見せなかったわねぇ」
「喜んではなかったけどな。その時には美紀が心の中のうっ憤を洗いざらいぶちまけるからな。ホッとしたし嬉しかったよ」
「どうして?」
美紀の疑問に答えた竜之介に聞いたのは麻衣だった。
「不満をぶつけるってことは、相手にまだ望んでるって証だろ。本当に愛想が尽きたんならそんなこと言う意味がないからな。美紀がその時の不安や不満を口にしてくれたからこそ、俺はそれを取り除いてやれたんだろうな」
(あぁ……そっか)
麻衣は両親の話を聞きながら気付かないうちに自分達と比べていた。
別れ話をしたあの日、本心を口に出すことがどうしても出来なかった
陸がどう思うのか怖かったから。
でも両親はいつだって正面からぶつかり合いながら今までやってきったんだと初めて知った。
「恋愛なんてのは相手がいて初めて出来る。自分自身のことだってよく分かってないんだ、なおさら相手には言葉を尽くさないと分かりあえないだろ」
竜之介は「それでも分かりあえない時だってあるけどな……」と小さく言い添えた。
(陸と私は分かりあえたかな……)
竜之介の言葉は胸の奥に燻っていたままの気持ちを掻き乱した。
もう過去のことだと、もうふっ切らないといけないと思っていたのに、心も頭も陸の事だけで溢れている。
「麻衣、大丈夫?」
心配そうな美紀の声に顔を上げた麻衣は目の前に差し出されたティッシュに、自分の頬を温かいものが伝っていることに初めて気が付いた。
「ん……大丈夫」
とても大丈夫には見えない麻衣のその返事に両親は眉根を寄せながら顔を見合わせた。
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