『番外編』
Another one18

 部屋に戻って来たのは午後11時、昔だったらまだ宵の口だけれど、夕飯を食べて風呂に入る頃には自然と体がベッドに引き寄せられる。

 ワンルームマンションは今まで住んでいたマンションの三分の一の家賃なのにそこそこ広い。

 一度としてソファの形にはなったことがないベッドに腰を下ろして、テレビを付けることなく冷蔵庫から出した野菜ジュースに手を伸ばした。

 温まった身体に冷えた野菜ジュースが心地良い、だが飲んだ後に唇から零れたのは重いため息。

「もう一年か……」

 この一年は今までに経験したことがないほど多忙を極めた。

 誠に拾われてから始めたホストを華々しく引退したのが春の初め、最後の月の売上げは過去最高で良い意味での最後を飾れた。

 それから開店準備に追われて花屋を開店させたのが夏の初め。

 辞めると決めてから準備を始めていたおかげでなかなか順調なスタートを切れた。

 思うように売上げも伸びず悩んでいた経営もようやく軌道に乗り始め、このクリスマスシーズンでさらに勢いをつけられたらいい。

 店の事を考えている時でも常に胸の奥に引っ掛かっているものがある、気を抜くと心の一番奥に居座ったまま動かないものに気を取られてしまう。

 麻衣と別れて一年が過ぎた。

 あまりに突然だった別れ話、最初は冗談だと思ったけれど、思いつめた麻衣の顔を見ていればそれが真実だと気付かないわけにいかなかった。

(どうしてなんだよ……)

 誠や彰光の前では虚勢を張ってはいるものの、そんなことは間違いなく向こうは百も承知だ。

 一年が過ぎたって自分の中では過去にすることは出来ない。

 込み上げる思いは「後悔」ばかりで、どうしてあの時もっと必死にならなかったのか、悔やんでも悔やみ切れない。

 年下の自分といるのが辛いと言った、出会わなければ良かったとも言った。

 でも……自分にはどうしてもあの時の麻衣の言葉が本心だとは思えない。

 だったらなぜあの時に「分かった」と言ってしまったのか、すぐに思い直したけれど既に遅かった。

 麻衣の携帯は繋がらず、アパートは引っ越した後、会社も辞めて行方は分からなくなった。

 麻衣と引き合わせてくれた美咲に尋ねると「実家に戻ったけど、今はそっとしておいてあげて欲しい」と知り合ってから初めて頭を下げられた。

 それでも教えて欲しいと食い下がろうと思った、興信所を使ってでも居所を調べようとも思った。

 でも出来なかった。

 あれが麻衣の本心じゃないと思う一方で、本心だったとしたらそんなみっともないこと出来ないと躊躇してしまう。

「ねぇ……麻衣、今……何してる? 笑ってる? もう俺の事なんて忘れたかな」

 呼び慣れた名前を口にすれば胸の奥が痛くなる。

(そういえば…あの男性が贈った相手は元気を出してくれただろうか)

 昼間訪れた若い男の客に作った小さなブーケを思い出した。

 誰かに贈るための花束を作る時、いつでも胸にあるのは麻衣のこと、頭に思い浮かべるのは麻衣の顔。

 そんなことをしても何にもならないと分かっているけれど、どうしても麻衣の存在を自分の中から追い出すことが出来ない。

「一年か……そろそろ覚悟決めないとダメだよな」

 このままでは自分も前に進めない。

 どうにかケリをつけたいと思うのに、どうしたらいいのかまるで分からなかった。

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