『番外編』
Another one16

 簡単な事務作業をするには十分な広さの小さな部屋も、大の男が三人も入ると窮屈というより息苦しささえ覚える。

「どうだ? 順調か、陸?」

 タバコに火を点けようとする誠に「禁煙」と注意して、陸は事務室の入り口の辺りに立ったまま度の入っていない眼鏡を外した。

 誠が小さく舌打ちするのを、隣に座っていた彰光がからかうように笑う。

 見慣れた光景なのに随分と懐かしい気がするのは、自分が少し気弱になっているせいかもしれない。

 どうしてもこの二人に弱い所を見せたくない陸はようやく掛け慣れた眼鏡を拭きながら胸を張った。

「まぁ、ようやく朱里ちゃんの給料もまともに出せるようになりましたよ」

「そのことは気にすんなって言ってるだろう。どうせ金には困ってねぇだろうし、色んな意味で安全な働き場が必要なだけだからな」

「だからってタダ働きさせるわけにもいかないんすよ。ってまぁ……胸張れるような時給でもないっすけどね」

 朱里は誠の紹介で雇った経緯がある。

 誠とは直接関係はないらしいが、誠の兄である仁絡みの話で断るに断れなかったらしい。

 仁のことを知っているだけに本人に会うまではかなり不安だったが、とても仁の側にいるとは思えない明るい女の子であることにホッとした。

 タダ働きでも構わないという朱里にそんな事は出来ないと少ないが給料も渡している。

 けれど給料以上の働きをしてくれるばかりか、暗くなりそうな気持ちまで持ち上げようとしてくれていた。

「まぁ店のことは頑張れよ。それよりも……お前はどうなんだ?」

 陸は眼鏡を掛け直すとガラスケースから花を取り出しながら誠の言葉を聞いた。

「別に普通ですよ。酒も飲んでないし規則正しい生活してるおかげで身体も軽いし、もしかしたらすげぇ健康になったかもしれないですね」

「そういうことを言ってんじゃねぇだろ。気持ちの整理はついたのかって聞いてんだよ」

 手を止めず澱みなく話す陸に誠がわずかに苛立ちを見せて声を荒げた。

 椅子から立ち上がり店に出て来た誠にジッと見つめられると、陸は花束を作っていた手を止めて顔を上げた。

 その顔には複雑な表情を浮かべている。

「整理も何も……。もう終わったことじゃないですか」

「お前はそれでいいのかよ」

「だから……いいも悪いもないんですよ。何て言うかこれでも俺はナンバーワンだったしそれなりにプライドがあるんですよ。いつまでも引きずるようなことしませんよ」

 笑いを含んだ声でそう返して再び作業を再開させる。

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