『番外編』
Another one15

「お先に失礼しまーっす!」

「お疲れさま。気を付けてね」

 元気の良い後ろ姿が車に乗り込むのを見送ってから、店先に並んだ鉢物を並べ直すために腰を下ろした。

 短い秋はあっという間に過ぎて訪れた冬の季節、けれど冬と呼ぶにはまだ気温も高くクリスマスの飾りつけをしていてもあまりピンと来ない。

 それでも店先に並んだ小さめのポインセチアやツリーに見立てたゴールドクレストの売れ行きはなかなか好調だった。

(この調子ならいい感じかな)

 立地条件のおかげかようやく軌道に乗って来た、自分一人では出掛けることも出来なかったがアルバイトの朱里(アカリ)が来るようになってからは明るい性格も手伝って若い客層も増えて来た。

 花は高いというイメージを持って貰わないために、低価格の小さめのアレンジを店頭に並べたのもいい案だったかもしれない。

 残り二つになったグラスブーケを手前に並べた陸は売れますようにと願いながら店に戻る。

 夢だった花屋を初めて半年以上が過ぎた。

 最初は散々だったけれど駅ビルの一階で閉店時間は午後10時にしたのは当たりだったらしい、記念日や誕生日を忘れた会社員が慌てて店に飛び込んでくることが度々ある。

 奥さんや恋人の機嫌を取るためだと笑いながらも、嬉しそうな照れくさそうな笑顔を見れば嬉しくなった。

 朝の仕入れのことを考えれば「キツイな」と思うこともあるけれど、すっかり慣れた起床時間は身体が自然と目を覚ます。

「少し掃除でもしておくか」

 午後7時から閉店までは自分一人になってしまうが、大して忙しいわけもなく何よりジッとしているより動いている方がいい。

 箒と塵取りを手に店内の掃き掃除を始めるが、狭い店内ではあっという間に終わってしまう。

 ひっきりなしに客が来るわけもなく、ピタッと止まってしまった客足に、知らず知らずのうちにため息が出そうになって慌てて顔を上げた。

(何やってんだよ、しっかりしろよっ!)

 気を抜くとつい下を向いてしまいそうになる自分を叱咤する。

「仕事だ! 仕事っ!」

 たとえ客が来なくてもやることはいくらでもある。

 気合いを入れる為に両頬をパンッと叩いて作業を開始した。

 まずはラッピング資材の在庫を確認しようとリボンやペーパーなどをチェックしていると、クリスマスデコレーションを施したガラスの向こうに人影が見えた。

 客だと手を止めて顔を上げたが、店の入り口を潜った長身の人物に思わずため息が出る。

 ため息の理由を知っているその人物は唇の端で笑いながら遠慮もせずに店内にずかずかと入って来た。

「こんな時間にウロウロしてていいんすか?」

「心配して見に来たのにその言い方はないだろうが」

「先週も同じこと言ってませんでしたか? って……彰さんも隠れなくていいですよ」

 スーツにロングコート姿の誠の後ろからさらに長身の彰光の顔が現れる。

 薄手のダウンジャケットを身に纏った彰光は伸びた髪を後ろで括り、髭を生やした顔で屈託のない笑顔を見せた。

「いやぁ……花屋に誠っちゃんと二人で入るのもどうかと思ってなー」

「店の前に立たれるだけでも十分怪しいですから」

 そう言って二人を店の奥にある狭い事務室へと通した。

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