『番外編』
君に出逢う少し前【2】
その時目の前の女の子は驚いた顔で美咲さんと俺を何度も見ていてようやくその子が美咲さんの連れだと分かった。
やっぱり今日はラッキーじゃん。
心の中で呟きながら緩む口元に気をつけながら俺はポケットに手を入れると熱い視線をその子に送った。
可愛いしこれでもし金とか持ってたら言う事ないね。
「麻衣ッ! ちょっと何やってんのよ!」
「な、何って……だってぇ……」
お、声も可愛いじゃん。
駆け寄ってきた美咲さんに俺は軽く会釈したが二人は俺そっちのけで話を始めた。
こうやって見るとまるで姉と妹といった感じ。
美咲さんに妹がいるって話は聞いた事ないから本当に友達……いや後輩だろうな。
「私、本当に帰るからっ……」
「麻衣ー? 往生際が悪いよ! 陸くん、この子が私の友達の麻衣。お店に連れてってくれる?」
「え? でも……彼女嫌がってませんか?」
美咲さんの右手はガッチリと彼女の左手を掴まえている。
そして麻衣と紹介された子はその手を引っ張ってかなり引き気味の腰、はっきりと困った顔をして俺と美咲さんの顔を見比べている。
特に俺を見る時の顔はちょっとムカッとくるくらい嫌な顔をする。
「いいのよ! その年にもなってホストクラブぐらいでブツブツ言ってんじゃないの。だいたい麻衣のおと……」
「美咲ッ!!!」
何かを言いかけた美咲さんにすごい勢いで怒鳴ったのは麻衣さん。
その声の大きさに驚いた俺だが美咲さんは慣れているのかハイハイと手を挙げている。
「とりあえず連れてってくれる?」
そう言って美咲さんは麻衣さんの手を俺に握らせた。
女の子特有の小さくて柔らかい手を握った俺はホストのくせに不覚にもドキッとした。
それは握った手の柔らかさだけじゃない少し困ったような怒ったようなでも照れてるような複雑な表情をした麻衣さんが俺の顔を見上げたからだ。
「じゃあ、行きましょうか?」
先を歩き始めた美咲さんに続いて麻衣さんの手を引いて歩く。
でもそこから一歩も動くつもりはないと言いたいのか両足を揃えた麻衣さんは上目遣いで俺を睨んだ。
「私、行きませんからっ」
少し拗ねたような口調がまた可愛い。
この時はまだ気付いてなかったんだ、自分がいつもよりも舞い上がっていた事に。
「でも美咲さんの言葉には逆らえないんですよ。どうしても嫌だと言われると抱き上げてでも連れて行かないと……」
「だっ、だ、だ、だ……抱き上げてって!!!」
本気でそんな事をするつもりはなかったがワザとそう言うと麻衣さんは目を剥いた。
繋いだ手を振り解こうとしたが少しして大人しくなった。
俺はその間ずっと彼女のクルクル変わる表情に釘付けだった。
「わ、分かったから手を離して下さいっ」
「んー……それは出来ないですよ。麻衣さんが店の中に入るまでは離せません」
そう言って握った手に力を込めた。
そんなのは言い訳だ。
本当はこの手を離したくないからだ。
「分かりました……」
口を尖らせた麻衣さんは大人しくなって俺の隣に並ぶ。
肩の辺りまでしかない小柄な麻衣さんの横に並んで歩くほんの数メートルを歩いている間はなぜかいつもより長く店に着いてしまってからはあっという間に感じた。
店に着いてから離した後も麻衣さんの手の柔らかさが手の中に残る。
いつもだったら平然と客の肩を抱く俺が手を繋いだだけなのにこんなに動揺しているのが可笑しかった。
「陸さん、ヘルプ入りますね」
フロントの前でボンヤリしていると悠斗に声を掛けられた。
「あぁ……あ、いやいいよ。俺とオーナーで相手するから」
「あ、はい……」
いつもなら必ず俺のつくテーブルには必ず悠斗をヘルプに付けるのに今日は……。
こんな事は初めてだったから悠斗は少し怪訝な顔をした。
「陸、行くぞ」
「はい」
オーナーの誠さんに声を掛けられてその後ろを歩きながら前髪を整えて少し気持ちを静めるために息を吐いた。
これが運命の出会いと気付くまであと少し。
end
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