『番外編』
Another one7
店の前で足を止めていた奏太は、店内で楽しげな顔を見せる麻衣を見てから歩き出した。
少し歩くと喫煙スペースを見つけることが出来タバコに火を点けて、深いため息と一緒に紫煙も吐き出した。
「無理してんのが余計に痛々しいな」
よく知らない相手なら麻衣がいつもと変わりないと思うだろうが、会わなかった時間があるとはいえ麻衣の様子がいつもと違うことは奏太にはお見通しだった。
その証拠に休みになるとジッとしていることがない。
何かしていないといけないと迫られているみたいに、用事を作っては忙しくしている。
再会した夏から模様替えの回数は片手では足りないくらいだ。
(そんなに好きだったのかよ……)
大方の話は竜之介と美紀から聞いていた。
二人ともハッキリと聞いたわけではなく、憶測らしかったが、たった一度だけ「彼と別れたの」とポツリと漏らしたらしかった。
高校を卒業してからずっと勤めていた会社を辞め、さらにアパートも引き払うほどの理由までは奏太は知らされていない。
竜之介は何かを知っているような口振りだが、ただの幼馴染という立場ではそれを聞くことも出来ない。
「俺だったら幸せにしてやれるのに……」
麻衣がどんなに我儘を言おうが自分なら受け止めてやれる自信がある。
それに今は自分に気持ちがなくても構わない、側にいたらいずれ二人の関係が変わることもあるかもしれないと秘かに思っている。
まだ中学生や高校生だった頃はあまりにも近くにいすぎて、それが恋愛だとはまったく気付かなかった。
離れてからは目まぐるしい毎日と新しい環境、そして偶然出会ってしまったホストという仕事に魅入られてしまった。
仕事を始めてから麻衣の父親がそういう店をやっていることを思い出した。
小さい頃はそれを理由に麻衣がクラスの男子から苛められたことがある、その度に三歳上の兄の樹と奏太が何倍にもしてやり返していた。
中学や高校に入ってからは、奏太が一人でその役目を引き受けた。
奏太自身は竜之介の仕事について何の偏見もなかった、むしろ幼い頃に父を亡くしたせいか強い憧れを抱いていた。
あんな父が欲しいと毎晩のように願ったこともある。
そしてアルバイトとはいえ同じ仕事をするようになり、いつか竜之介の仕事を手伝るようになりたいと思うようになった。
竜之介の仕事を手伝えば、麻衣の事も側で守ってやれる。
自然とそういう考えをしている自分に気が付いた時、初めて麻衣に対する気持ちに気が付いた。
幼い頃から当たり前のように側にいすぎて気付かなかった気持ちに気付いてしまい、仕事へ向かう気持ちにも変化が生まれた。
竜之介にも認めて貰えるようなホストになりたい、一番大きな歓楽街の店でナンバーワンになったら帰ろう。
その想いを胸に頑張った結果、ナンバースリーまでは上がることが出来た。
奇跡的にナンバーワンになれたことはあったけれど、それは胸を張って誇れることではなかった。
なかなかナンバーワンになれず年ばかりを食い、焦り始めたちょうどのその頃に竜之介から連絡が来た。
「店を一つ任せたいんだが、やる気があるなら帰ってこねぇか?」
青天の霹靂とも言えるその言葉に迷うことなく頷いたのは言うまでもない。
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