『番外編』
君に出逢う少し前【1】
「ありがとうございましたー」
買ったばかりのタバコとガムをポケットに入れると歩き始めた。
ブラックにグレーのピンストライプが入ったディオールのスーツ、短めのウルフカットは明るい蜜色で風に毛先を揺らしてシャネルのエゴイストプラチナムの香りを残しながら夜の栄の街を歩く。
その表情は若いながらも堂々としていて何も怖いものがないといった感じ。
すれ違う女の子達の視線を意識しながら歩く俺は栄にあるホストクラブ「CLUB ONE」で働くホスト。
小さい店だけれどナンバーワンホストとして働いてニ〜三年前の俺からは想像も出来ないほどいい暮らしをしている。
俺は携帯を取り出してカチカチと操作すると今日の予約を確認した。
「美咲さんかぁ。あの人酔うと面倒だけど金払いいいし、オーナーに相手させとけばいいから楽か。俺は連れてくる友達狙いで」
スーツの袖から見える腕時計を見てニヤッと笑う。
左手首に輝くのはブライトリングとベントレーのコラボのクロノグラフ、二十歳の誕生日は何でも好きな物を買うと酔った勢いで約束した美咲にどうしても欲しいとせびったのは去年の秋。
ホワイトゴールドの物がいいと冗談で言った俺にドンペリの瓶で本気で殴りかかろうとしたのも記憶に新しく結局はステンレスのフレームに文字盤は黒にした。
そんな美咲さんが友達を連れて来るというので少し楽しみだった。
八歳年上の美咲は若いのに会社の社長をしていて見た目もゴージャスで綺麗でそこにいるだけでパッと華やかになるような女性だ。
十九歳でオーナーの誠さんに拾われてからボーイとして働いていた俺を可愛がってくれた人の一人でホストになってからも贔屓にしてくれている。
美咲さんから予約が入ったのは三日前。
予約なんて一度もした事がない美咲からの予約の電話に最初は不審に思ったがどうやら友達を連れて来るからナンバーワンの俺に相手をして欲しいらしい。
ま、そんな風に頼まれたら俺だって悪い気はしない。
いつもは一人で来店して若いホスト達や俺達と騒いでしっかりと大金を落としていってからいつの間にかオーナーの誠さんと二人でどこかへ消える。
付き合ってるのかとも思ったがどうも違うらしい。
この前チラッと誠さんに聞いたが美咲さんの名前を出した途端何も言いたくないって顔をされてしまってそれ以上は何も聞けなかった。
それでも多分二人はホストと客って関係じゃないのは何となく当たっているはず。
フラフラと歩いて店が近付いて来ると店の前に立っている美咲さんの姿が目に入った。
お、偶然じゃん。
店に入る前から美咲さんの顔を見れてラッキーかアンラッキーか……と思いながら取り合えずご機嫌取っておくにこした事はないと笑顔を作って近付く。
だから気が付かなかったんだ。
すごい勢いで前から歩いてくる小柄な女の子の姿に。
あ、やばいっと身構えた時にはその小柄な女の子は俺に突進して俺達は思いっきり正面衝突をした。
「すみませんっ……」
そう言って鼻をさすりながら顔を上げた女の子。
一瞬で目を奪われた。
可愛い。
一目ボレなんてそんなのくだらないと思ってたし実際にした事もなかったから信じていなかった。
でももしかしたらあるのかもしれないと思った。
その女の子はジーッと俺の顔を食い入るように見ている。
いくつだろう、俺と同じくらいかな。
可愛いパステルカラーのワンピースに薄付きのピンク色の唇と肩につくかつかないかの綺麗なボブ。
少し子供っぽい表情が愛らしい。
俺よりも若いかな……ってこんな場所にいるような雰囲気の子じゃないのに。
この辺りはホストクラブも他にも何軒かあり他にも飲み屋が立ち並ぶ場所で目の前の女の子を観察したがとてもじゃないがキャバ嬢には見えなかった。
もしかしてこんな子もホスト遊びすんのか?
もうそうだとしたら軽く期待を裏切られる事になるなと考え事をしていると大きな声で名前を呼ばれた。
「あっ、陸くーん!」
ボンヤリしていると数メートル先にいる美咲さんが手を挙げた。
その声にハッとした俺は女の子から視線を外して美咲さんに手を振り返した。
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