『番外編』
先生だって男です!?【2】
何やってんだよ、早く手を離せ!
俺の中の理性がそう叫ぶのに俺の指は奈々の唇から離れようとしない。
クソッ……だから二人きりになるとヤバイんだよ……。
無垢な瞳に見つめられるのも嫌いじゃない、奈々の瞳はいつも真っ直ぐで綺麗で俺だけを映す。
今も少し恥ずかしそうな顔をした奈々の瞳に俺の姿が映っている。
「奈々……」
名前を呼ぶ声がいつもの自分の声とは違う、先生の声ではなく明かに男としての声だ。
唇から指を離したけれどその指はそのまま奈々の顎を捉えた。
それで意味が分かったのだろう、奈々はさっきよりも恥ずかしそうに頬を染めた。
キスも慣れない相手とその先に行くのは急ぎたくない、傷付けるのが怖いからという理由もあるけれど焦らずにその時を待ってやりたい。
でも……健康な男しては、やっぱり少しだけでもいいから触れたい。
いつも葛藤する理性と本能だが、今は本能が勝利を収めたらしい。
顔を傾けながらゆっくりと近付いていくと、奈々が慣れない仕草でゆっくり瞼を下ろした。
スイカを食べたばかりだからか濡れた唇が色っぽい、だが化粧っ気のない顔は幼くて奈々がまだ少女と女性の狭間にいることを知る瞬間だ。
唇が近付いたのを感じたのか奈々の瞼が小さく震えている。
可愛いな、と素直な感想を心の中で呟いて自分も目を閉じようとすると雰囲気をぶち壊すような能天気な音が部屋に流れた。
「あ……っ」
小さな声を上げてパチッと目を開けた奈々と至近距離で目が合った。
不意打ちのことでかなり驚いたが、二人で見つめ合っている間も携帯の着信音らしき音楽は止まらない。
なんつータイミングの悪い……。
メールならすぐに切れるはずだから、これが電話なのは間違いない。
こんな時に電話してきやがって誰か知らないが恨むぞ、と奈々には聞かせられない愚痴を心の中で呟いてから電話に出るように促した。
「あ、亜季っ!? ごめんね、すぐ出られなくて!」
慌てて電話に出た奈々が口にした名前はよく知っている、奈々と同級生でもちろん俺に取っても数ヶ月前までは生徒だった人物だ。
どうしよう、という視線を向ける奈々にタバコを見せてベランダを指差した。
それを見るとホッとしたのか頷いてから携帯に集中している。
窓から小さなベランダに出ていつも持ち歩いている携帯灰皿を取り出した、奈々が喋っている姿を見て自分と話す時もそうなのかと思ったら可笑しかった。
電話なのに奈々は表情も手もよく動く。
見ていて飽きないなとタバコを吸いながら眺めていると、しばらくしてから奈々がこっちの様子を窺うような視線を送って来た。
何かあったのか?
二本目のタバコを咥えたまま窓に歩み寄ると、奈々は携帯を手で押さえたまま真剣な表情を見せた。
「明日……亜季に付き合いたいんですけど、いいですか?」
「どうした? 何かあったのか?」
そんなことを言い出すなんてよほどのことがあったのだろう、別に自分との予定はどうにでもなるがやはり元生徒のことだけに心配になった。
「それが……えっと……」
言いにくそうにしながらも説明した奈々の話を要約するとこうだ。
明日告白に行くけれど一人じゃ行けないから奈々に同行を頼み、おまけに俺に車を出せと言っているらしい。
まぁそんな乱暴な言い方ではないだろうが……。
「分かったよ」
それ以外に選択肢はないだろうと答えを口にすれば、奈々は嬉しそうに顔を綻ばせて「ありがとう」と言った。
「電話、まだ繋がってんだろ? 電話代もったいねぇぞ」
握り締めている携帯を指差してやると奈々は慌てて携帯を耳に当てて、少し弾んだ声で了解を貰ったと報告している。
まぁ……これはこれで良かったのかもな。
キスはお預けになってしまったが、俺の部屋に行きたいという奈々の願いも上手く流れただろう。
奈々が電話を切るのを見てタバコを灰皿に押し込む。
自分の周りに漂う煙を手で散らしながら部屋の中へ戻る俺に奈々はいつもの無邪気な笑顔を見せた。
end
[*前] | [次#]
コメントを書く * しおりを挟む
[戻る]