『番外編』
先生だって男です!?【1】
一人暮しでおまけに夏休みということもあってか、俺は最低でも週に一度は彼女の家で夕飯をご馳走になっている。
「せ……直紀、さん……スイカ持って来ました」
付き合い始めて数ヶ月経つのに、まだ名前を呼ぶ事に慣れないらしい。
部屋に戻って来た奈々がぎこちなく名前を呼ぶことに呆れたが、スイカを目の前に置いてから向かいではなく少し離れてはいるが隣に座ったから許してやろう。
「明日、行きたい所決まったか?」
夏休みだから教師も休みだろうというのは大きな間違いだ、部活の顧問をしているおかげで毎日のように学校へ行くし、それ以外にも色々やることはある。
ようやくゆっくり出来る明日の休日、もうずいぶんお預けになっていたデートの約束をしていた。
奈々は遠慮しているのかあまりワガママを言わない、本当は寂しいとか会いたいとか思っているはずだろうに……。
もしかしたら思っていないのかも、とそんな考えが一瞬頭を過ぎるけれど、側にいる奈々の反応を見ていればそんな考えは簡単に吹き飛んでしまう。
「あの……部屋、行ってみたいです」
「部屋?」
「はい、部屋。……直紀、さんの」
「俺、の?」
スイカに伸ばしていた手をUターンさせて自分を指差すと、奈々は幼い仕草で頷いて返して来た。
確かにまだ一度も自分の部屋に奈々を連れて行ったことはない。
決してやましいことがあるからとか、そういうわけじゃなくて……そこは少々大人の男の事情というやつで避けていただけだ。
「ダメ、ですか?」
上目遣いで覗き込まれて、ウッと言葉に詰まった。
それはちょっと反則だろう。
これが今まで付き合って来た女ならワザとやっているとしか思えない、けれど奈々がそんな小悪魔的な技を見に付けているとは思えない。
無意識というのは、余計に……タチが悪い。
「ダメじゃねぇけど……せっかくの休みだし、汚い俺の部屋なんかじゃなくてもっとあるだろ、行きたい所ないのか?」
これじゃあ誰が聞いたって連れて行きたくないみたいに聞こえる。
予想通り奈々は暗い顔をして俯いてしまった。
連れて行きたくないわけではなく、連れて行くと困るというのが本音。
二十代後半だけれど自分も健康な男なわけで、前の彼女と別れてからかなり経つし、彼女と部屋で二人になってしまったら自然と考えることは一つだ。
ここにいる間は彼女の実家という強力ストッパーのおかげで何とかなっている。
だが自分の部屋なんかに連れ込んでみろ……自分を止める人間は誰も居ない、別に教師と生徒という関係はないのだからいつそういう関係になってもおかしくないとは思う。
大事にしようとは思っているが、ぶっちゃけて言ってしまえば初めての女の子をどう扱っていいか分からない。
ようはこの年にもなって怖気づいているわけだ。
「奈々、食え」
傷つけたいわけじゃないのに、結果としてそうなってしまった。
どうにか慰める糸口を見つけようと三角形に切られたスイカを持って奈々の口元に近付けた。
悲しそうな顔のまましばらくスイカと俺の顔を見比べていたが、少しすると何か言いたそうだったが俺の顔を見たままスイカに噛り付いた。
「美味いか?」
口を動かしながら黙って頷いた奈々の顔が少し笑うのを見て、ホッと胸を撫で下ろしながらスイカに噛り付く。
「汁、垂れてんぞ」
口の端にスイカの汁が付けているのを見るとまだまだ子供だと思う。
笑いながら奈々が手で拭うよりも早く手を伸ばして親指で拭う、何も考えずにした行為だったけれど柔らかい唇の感触にドキッとしてしまった。
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