『番外編』
篠田兄弟【6】side貴俊
ドアを開けて飛び込んで来た光景に言葉を失った。
上半身裸の雅則が祐二に襲い掛かっている、それ以外に解釈しようもない二人の姿にカッと頭に血が上る。
でも楽しくて仕方がないと顔に書いている雅則の満面の笑みを見れば本気じゃないことは直ぐに分かって、二人に掴みかかることだけは辛うじて避けられた。
(ちょっと……触り過ぎ)
いくら冗談とはいえ雅則の手がタンクトップの下、直接肌に触れているのは見ているだけでムカムカした。
「二人で何をしてるのかな?」
努めて穏やかな声を出したつもり、だったのに言った途端吹き出しそうな雅則の顔を見て無駄に終わったことにすぐ気が付いた。
けれど祐二には効果があったのか顔を青くして俺の顔を見ている。
(そんな顔したら逆効果なのに……)
「た、たたた貴俊……これはっ……」
「おかえりー。休みだってのにお疲れさん」
「ただいま。雅則がいると思わなかったから買って来なかった」
「あーいいよ。さっきホットケーキ食ったし。祐ー邪魔が入っちまったからこの続きはまた今度なー」
雅則は俺が下げている袋をチラッと見てニッコリ笑うと今度は固まったままの祐二に向かって声を掛けた。
(二度目は絶対させないから)
それが冗談でもおふざけでもプロレスごっこでも、祐二の体を触られるのは許せないので視線だけで雅則を牽制した。
「ま、また……またって……」
「それじゃーお兄さんは少し寝るとしますかー」
動揺して口をパクパクさせている祐二には構わず、雅則は身軽にベッドから飛び下りると俺の方へ真っ直ぐ歩いてくる。
口元にはさっきまでなかった意地の悪い笑み。
雅則のことは兄として慕っているけれど、こういう悪ふざけが好きでお調子者のところは時々本気で腹が立つ。
「俺、寝るからくれぐれも静かにな?」
「気になるなら耳栓あげるけど」
すれ違いざまに囁かれた言葉の意味を完璧に理解してやり返すと雅則は小さく笑って部屋を出て行った。
(やっぱり気付いてたんだ)
俺の気持ちも祐二との関係が変わったことも打ち明けてはいなかった、でも雅則なら勘もいいし気付いてるかもしれないとは思っていた。
今のやり取りでハッキリしたけれど、特別に驚きもしない雅則の態度に少し嬉しくなる。
決して堂々と公表することが出来ない関係だからこそ、一番近くにいる家族には理解してもらいたいと気になっていたことが一つ解消された。
背中でドアの閉る音を聞いて、少し離れたドアが閉る音も聞いて、それからゆっくりと視線を上げると困った顔をして今にも逃げ出しそうな祐二と目が合った。
「お、おかえり……」
「ただいま。お昼、ハンバーガーで良かったんだよね?」
「お、おぅ……」
体を起こしてベッドの上で小さくなっている祐二の視線が泳ぐ。
からかわれたなんて微塵も疑っていない、雅則に押し倒されたことをどう説明しようかきっと今の祐二の頭の中にはそれしかないはずだ。
(さて、どうしようかな……)
このまま何もなかったように昼飯を食べる(きっと気になって祐二は飯どころじゃない)
浮気を疑って祐二に詰め寄る(んーもしかしたら逆ギレされるかも)
ここは平静を装ってさっきの説明を聞く、が可愛い祐二も見れて俺の気持ちも満足するかもしれない。
そうと決まれば……。
「祐二」
「ち、ちち違うからなっ! 目が覚めたら雅兄がいて……、そんで何か分かんねぇけど俺の体触ってスベスベして気持ちいいとか、訳分かんない事言い出して……」
堰を切ったように話を始めた祐二。
(黙ってたら良かったのに……聞きのがせないよそんなこと)
祐二の肌がスベスベしていることなんて俺一人だけ知っていればいい。
言わなかったら雅則がそんな感想を口にしたなんて知らないから少しだけ祐二を困らせて終わらせてあげられるはずだったんだよ。
手に下げていた鞄とハンバーガーの入った袋を床に置いてゆっくり祐二に近付いた。
祐二が悪いわけじゃないけど、泣いたって簡単には許してあげないよ。
母さんが帰って来るまで時間はたっぷりあることだし、祐二に触れていいのは誰なのかしっかり教えてあげないとね。
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