『番外編』
篠田兄弟【5】side貴俊
――会長なんてお飾りみたいなもん。
前生徒会長から指名を受けた時にこう言ったのは三期前の生徒会長でもあり兄でもある雅則の言葉。
(自分が何もやってなかっただけだな……)
生徒会には生徒会役員とは別に生徒会事務局というのがある。
役員数名とその三倍はいるとは思われる事務局メンバーが学校指針でもある生徒主体を実行するべく学校行事の一切を取り仕切っている。
今日も夏休みだというのに二学期のイベントの一つ学園祭の打ち合わせをした。
二日間の学園祭を円滑に進めることがこれほど大変だとは思わなかったけれど、唯一中等部と高等部が合同で行うこの行事はOBや父兄も多く参加する一大イベントだ。
だからこそ失敗は出来ないし、皆が楽しんで貰えるようなものにしたい。
その想いだけがメンバーを動かし気持ちを一つにまとめ上げている。
「結構、遅くなっちゃったな……」
電車に乗る頃にはもう昼を少し過ぎていた、一緒に昼食をと事務局のメンバーに強引に誘われるのをやんわりと断った。
(祐二、待ってるし)
口にこそ出さなかったけれど一分でも一秒でも早く帰りたい、絶対に電車を乗り過ごすのだけは避けたくて暑いのに駅までダッシュしたほどだった。
駅に着いて二人分のハンバーガーを買うと自然と足が早くなる。
ずっと片想いだった幼なじみの祐二と付き合い始めたのは春のこと、恋人同士としてはまだまだぎこちないけれど夏休みに入ってからはまるで子供の頃のように互いの部屋で寝泊まりする毎日。
当たり前のように自分のベッドに潜り込む祐二が可愛くて昨日もつい無茶してしまった。
今までずっと押さえ付けていた気持ちが放たれたせいかもしれない、触れてもいい触れる以上のことをしてもいいという関係の前では理性はあってないようなもの。
(怒ってるかな)
嫌だという祐二を騙し宥め、結局三回した後に祐二は気を失うように寝てしまった。
朝家を出てくる時もまだ寝ていたし相当無理させたのだと反省の意味も込めて、手に持っているハンバーガーのセットはジュースもポテトもLサイズでしかもナゲットも付けてみた。
いくら機嫌が悪くてもきっとこれだけ食べたらコロッと忘れるに違いない、そう言い切れるのは幼なじみとしてずっと側にいたからだ。
「ただいま」
祐二以外に誰も居ないと分かっていても玄関のドアを開けて小さく声を掛ける。
だが玄関先に脱いであるサンダルを見て、昨夜は居なかった兄の雅則が帰って来ていることに気が付いた。
「なんだ。雅則の分も買って来れば良かった」
兄の雅則は大学生で今は夏休みだけれど、毎日のように夕方から居酒屋のバイトに行っている。
帰りが遅いのはバイトがあってもなくても変わらないけれど、大抵は朝食の時間には帰って来ているのに今日は珍しく帰って来ていなかった。
母さんは「冷めちゃうと美味しくないけど」と言いながら父さんと雅則の好物でもあるホットケーキを雅則の分も焼いてラップをしていた。
帰って来てないのにそこは問題ないのか、と少々疑問には思ったけれど両親はいつもと変わりなかった。
お調子者なのにフラフラしているように見えて実はしっかりしていて両親の信頼も厚い兄の雅則を時々羨ましく感じる。
小さい頃から兄のようになれたらいいと思っていた、兄と同じ学校に入学出来た時も同じ生徒会長に指名された時も雅則が喜んでくれたことがとても嬉しかった。
ただ男の兄弟だしそういう事を口にするのは気恥ずかしくて素振りは見せない、けれど自分よりも優れた雅則のことだからそんなことはとっくに気付いているのかもしれないとも思う。
階段を上がって部屋のドアを開けようとして手が止まった。
中から聞こえてくる声は祐二と雅則、二人とも仲が良いし俺が居ない間に話をしていたとしても不思議じゃない。
でも聞こえてくる声を拾えばそれがただ話しているだけじゃないことはすぐに分かった。
(どういうこと……?)
雅則がゲイじゃないことは断言出来る、背が高くて細めでキレイ系の女の子が好み。
たとえ祐二が女の子であったとしても当てはならない、だいたい男という時点で雅則のストライクゾーンからは思いっきり外れている。
(まさか……祐二が……。いや、それはない、絶対にない!)
祐二は小さい頃から雅則を本当に兄のように慕っていた、今だって憧れの感情を持っていることは知っているけれど……。
自分とこういう関係になったからとはいえ祐二はゲイじゃない、まさか雅則を誘うとか押し倒すとかそんなことは想像も出来なかった。
(それなら、なぜ?)
ドアの前で考え込んでいても仕方がないと思い切ってドアを開けた。
[*前] | [次#]
コメントを書く * しおりを挟む
[戻る]