『番外編』
篠田兄弟【3】side祐二
「昼には帰って来るからね。何、食べたい?」
俺しか聞いたことのないだろう甘ったるい優しい声で貴俊が囁くのを夢うつつで聞いた。
返事をしたのか思い出せないのに貴俊の手が髪に触れるのが気持ちいいことだけはしっかり覚えている。
貴俊の手は気持ちがいい、まるで俺の心は読まれているんじゃないかと思うほど触れて欲しい場所に触れてくる。
(おまけにエロイ……そう、今みたいに……)
「……んっ」
脇腹の辺りをくすぐるように指が往復するたび、ゾクゾクとした痺れにも感覚が体中を駆け巡る。
夏休みの特権「朝寝坊」を邪魔されて抗議の声を上げるけれど手の動きは止まらない。
その手から逃げるように背中を丸めたままうつ伏せになり、まるで亀のような格好で防御の体勢を取った。
その程度で手の動きを止められるとは本気で思っていなかったものの、まったく止める気配がないどころか手はシャツを捲りながら背中を上って来る。
「止めろって……」
背骨を伝いながら上って来る手を拒むために身体を左右に揺すった。
その手は俺が抵抗するのを面白がっているみたいに、抵抗すればするほど動きが大胆になっていった。
背中を撫でていた指は脇腹をくすぐるように撫で、わずかに出来た隙間から前に回って腹筋の辺りを滑るように往復する。
「今日は……宿題やるって言ってただろっ」
しつこく体を撫で回され苛立った声を出しながら乱暴に身体を揺らす。
「…………」
何も答えない貴俊にムッとして、俺はますます身体を硬くして身を守ることにした。
(昨夜……あんなにしたくせに……)
夏休みになってどっちかの部屋で泊まることが当たり前のようになって、そのせいか貴俊が触れてくる回数も比例して増えていった。
おじさんやおばさんがいるから嫌だと言っても、声を出さなければ平気と言われ抵抗出来なくなるまで触られて……。
気が付いたら朝になってた……なんてのも少なくない。
(男相手にそんな盛ってんじゃねぇ……)
貴俊が聞いたら自分のことは棚に上げてと言われることは確実、素面の時には思い出したくもない言動は身体に残された痕と共に記憶にしっかり刻まれている。
(あれは俺じゃない俺が言ったんだ)
あくまで自分の意思じゃないと心の中で強く主張してみるが……。
「あっ……ん」
油断していたのか腹筋を撫でていた手がいつの間にか胸へと移動して、昨夜散々弄られた小さな突起に触れられて無意識に口からは甘ったるい声が吐き出された。
「やめっ……」
「…………」
「いい加減にしろって! つか昼飯どーすんだよっ! 俺、腹減っ………………」
エスカレートする手の動きに我慢出来ずに振り返った。
(あれ……貴俊の奴、いつ髪染めたんだ?)
目に掛かる前髪は記憶の中よりも長く、黒かった髪は明るい茶色になっている。
「よー、ねぼすけー」
一体どうしたんだと聞くよりも先に聞いた言葉にようやく上半身裸で俺に覆い被さっているのが貴俊じゃないことに気が付いた。
「な、な、なななな……」
「目ぇ、覚めたかー?」
「ま、雅兄?」
「おはようっつーよりこんにちは、だな。祐?」
貴俊の三歳違いの兄、雅則がニッコリ微笑んだ。
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