『番外編』
篠田兄弟【1】side雅則

 抜けるような青空をくり抜くようにぽっかりと浮かんだ白い雲。

 遮るもののないアスファルトの上を歩く足元には濃くて短い影、十分過ぎるほど熱せられたアスファルトから立ち上った陽炎が視界を揺らす。

「あっちぃ……」

 ただ歩いているだけなのに額からは汗が吹き出し、そのままこめかみへと伝い顎へ向かって落ちていく。

(昨日飲んだ酒が全部汗になって蒸発してくみたいだ……)

 体中の水分がすごい勢いで蒸発していくような感じ、ジリジリと焦がすような日射しに剥き出しになった肌は吹き出た汗があっという間に消える。

「こんなことなら昨夜のうちに帰って来るんだった」

 ひとりごちながら昨夜の飲み過ぎを悔やむ。

 だが起きた時には重かった体は汗と一緒に老廃物が外に出たせいか軽くなっているような気がするから複雑だ。

 俺は篠田雅則、二十歳の大学生。

 夏休みだからとバイトの後にみんなで飲みに行ってそのままツレの部屋で寝こけて気が付いたら朝帰りと呼ぶ時間はとうに過ぎていた。

 タバコと酒の匂いの充満する男臭い部屋を出て来たのは一時間前、駅から家までの道のりをのらりくらりと歩く頃には太陽は真上から俺を見下している。

「ちぇー……朝飯食い損ねたなぁ」

 決して厳しい家ではない、むしろ両親は割と放任主義だと思う。

 いわゆる反抗期と呼ばれる時期には家にいることが嫌だと思う時期があったとは思う、思うというのはあまりにも一瞬の出来事で記憶する中で両親も家もうっとうしいと思ったことがないからだ。

 恥ずかしい言い方をすれば家族と家族のいる家が好きなのだ。

 だからどんなに可愛い子と夜を過ごしても朝食の時間にはテーブルに座るようにする、それが秘かに自分の中で決めていた決まり事だったのだが……。

 やはり男友達と騒ぐのは羽目を外し過ぎてしまうらしい。

 アルコールで満たされていたはずの胃はとうの昔に空っぽで、大きな音を立てながら空腹を訴えるがコンビニに寄るのは我慢する。

「今日辺り……多分ホットケーキだ」

 週に一度はある「ホットケーキの日」、ホットケーキ好きの親父のために朝からフワフワのホットケーキが朝食に出されるのが実はかなり楽しみ。

 いつもは焼きたてのホットケーキを親父と争うようにして食べる、それを見たお袋がクスクス笑いながら次のホットケーキを焼く。

 絵に描いたような家族団らんの光景、だが四人家族の俺には三歳年下の弟がいるのを忘れてはいけない。

 弟の名は篠田貴俊、私立青稜学園の二年生。

 顔も背格好も良く似ているけれど、俺がお袋の腹の中に置き忘れた「真面目」を二人分持っているせいか俺に比べるとやはり印象は好青年。

 俺も在学中務めたことのある伝統の生徒会長の任をこの春に譲り受けたらしい。

 俺が軟派なら貴俊は硬派、高等部で女の子と遊べそうだからとテニス部に所属していた俺に比べて貴俊はどういうわけか厳しいと噂の弓道部に入部した。

 あの伝統の王子ジャケットも俺や他の代の会長達は着崩して台無しにしていたのだが、貴俊は本当の意味で王子様のように着こなしている。

 整った顔に手を加えられていないサラサラの黒髪、ネクタイをきっちり締めて王子ジャケット、そしてまるで後ろに花を背負ったような笑みを浮かべる姿は歴代の生徒会長の中でも存在感はピカイチ。

 この完璧にも見える我が弟だが……実は見た目とは裏腹に実はかなり腹黒くてしたたかということを俺は知っている。

 しかもその腹黒さとしたたかさは特定の条件下でしか発動しないという優れもの。

 俺はそんな弟の貴俊をからかって端正な顔を歪ませるのが生きがいで、真面目なくせに腹黒でしたたかだけど実は純粋な弟が可愛くて仕方がないブラコンということは秘密だ。
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