『番外編』
Lovers' quarrel【2】
「ねぇ、陸ぅ! また指名して欲しかったらキスして?」
栄にあるホストクラブ『CLUB ONE』の前で体のラインを引き立てる服を着た女の子がスーツ姿の男の腕に絡み付いている。
細身の黒のスーツに胸元を惜しげもなく晒したシャツを着ているその男はナンバーワンホストの陸。
シミ一つない白い肌に明るい蜜色の髪、形の良い唇はいつも笑みを浮かべその唇から零れる言葉で夜毎女の子の心を虜にしていく。
「そんなにキスしたいなら他の奴指名してそいつにしてもらえよ」
猫撫で声を出す客に向かって冷たく言い放つと腕に絡みついた手を乱暴に振り解いた。
冷たい視線で見下ろしてからゆっくりと背中を向けて扉に手を掛ける。
(一、二……)
心の中でゆっくりとカウントを始める。
そして心の中で「五」と呟くと同時に後ろから自分の名前を呼ぶさっきよりも甘えた声が聞こえて来た。
「陸ぅ……怒ったのぉ? もう言わないからぁ機嫌直してぇ?」
グスッと鼻を啜る音を聞きながらもったいつけるように振り向いた。
媚びるような瞳としなを作る体。
表情を変えずに冷たく見下ろしてから口を開いた。
「また俺指名すんの?」
「陸しか指名しないの知ってるくせにぃ……意地悪言わないでぇ」
「どうだか。交換条件出す程度なんだろ?」
「ほんと謝るからぁ……」
甘えた声を出しながら俺の首に手を回して抱き着いてきた。
こうすれば必ず俺が腰に手を添えて支えるのを分かっていてワザとしてくることは分かってはいたが仕方なくポケットから右手を出すと細い腰を抱いた。
仕事とはいえ……正直面倒くさい。
自分自身に仕事だと言い聞かせながらしがみつく女の子に低い声で話しかける。
「言葉だけで信じられるかよ」
「どうしたら信じてくれるのぅ?」
「それくらい自分で考えろ」
冷たく突き放したような態度を取る。
客によって接客の仕方はもちろん違う、そのポイントを押さえながら巧みに女の子の心理を操ることはこの仕事をするようになってから身についた。
「明日も来るからぁ、陸の何でも好きなの頼んでいいからぁ」
「何でも?」
「うんっ、その代わり明日も私と二人だけがいいなぁ」
何でもというセリフに内心ニンマリしながらもそれが表に出ないように気をつけたが苛立ちが消えたのが分かったのかさらに甘えたようにしがみついてくる。
横を通り過ぎるサラリーマンが俺たちの事を白い目で見る。
どうやって見えているんだろう、こんな事をしていたら普通は恋人同士に見えるだろうけれどここはホストクラブの前。
俺はホストで相手は客だ。
「そこまで言うなら許してやるよ。あんまりワガママ言うとお仕置きだからな?」
腰を抱く手に力を入れて体を密着させるとワザと耳元に唇を寄せて囁いてから手を緩めた。
たとえひと時であったとしても客に夢を与える。
それが俺の仕事だから。
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