『番外編』
やっぱラブもしたいでしょ【1】

 朝早く出て太陽の日射しをたっぷり浴びて夕方帰って来る、そんな生活を続けてもうすぐ二週間が経つ。

 本業のホストとは真逆の生活だったけれど案外これも悪くなかった、仕事で酒を飲んでいないからか心なしか体が軽く感じるし朝の目覚めも悪くない。

 そして何より麻衣と過ごす時間がたっぷりあることだ。

 でもそんな生活もいよいよ明日で終わり、一日休みを挟んでから店のリニューアルオープンで三日間のイベントが始まるからいよいよ本業復帰だ。

(はぁ……麻衣とイチャイチャ出来るのも明後日までか……)

 少しだけ残念に思いながら駐車場に車を止めて足取りも軽くエレベーターへと向かった。

 今日も朝から女の子達の相手をして疲れているはずなのに、帰って来ると不思議と元気になりエレベーターじゃなくて階段を駆け上がれそうな気になる。

 今までだって帰って来れば麻衣は部屋にいるけれど、寝ている麻衣と俺のために料理を作って待っていてくれる麻衣とじゃモチベーションが違う。
 
 今日の夕飯は何だろうと考えながら玄関を開ければ、料理の匂いと一緒に麻衣の笑顔に出迎えられてただいまのキスをする。

 ハッキリいって毎日が昨日結婚したばかりの新婚のようだ。

 エレベーターが着くと自然と足は早くなり、歩きながら鍵を取り出して俺は思わず笑ってしまう。

(ほんと……俺、惚れてんなぁ……)

 一人でいる頃は部屋なんて寝に帰るだけで、ぶっちゃけて言えば面倒な時は店のソファで十分なくらいだった。

 ここまでの変化は周りに衝撃を与え誠さんを安心させて、何より自分自身を大切にするという大きな転機にもなった。

 ――ちゃんとご飯を食べて、ちゃんと寝ないとダメ!

 最初の頃にそう言った麻衣は母親の作るような料理をテーブルに並べ、太陽の匂いのするシーツや枕カバーのあるベッドで寝るように諭した。

(時々……お袋みたいだもんなぁ)

 八歳の年の差は時々そういうところに現れる。

「ただいまぁ」

 ドアを開けながら声を掛けると奥からパタパタと小走りで向かってくる足音に頬が緩む。

「お、かえりー」

「ただいま、麻衣」

 もう二週間近く見て来た同じ笑顔が俺を出迎えてくれる。

 今日も可愛いなと思いながらサンダルを脱ぎ麻衣に手を伸ばして抱きしめようとした、でも麻衣の両手は俺を拒むように胸を押し返して来た。

(え……)

 強く押されたわけじゃないのに体がグラッとする。

 こんな風に拒否されるとは思っていなかっただけにショックは大きい。

(この前のはもう解決したはずだよな?)

 二週間の海の家のアルバイトのことを隠していたことで麻衣に心配かけたことは少し前の話、でもそれも麻衣の可愛いヤキモチ程度で済んだはずだったのに……。

 他に何も思い当たらないけれど、こんな風に俺を拒むってことは気付かずうちに何かしていたのかもしれない。

 何をしたのか必死に思い出そうとしていると麻衣が俺から手を離して一歩下がった。

「麻衣?」

 明かに様子の違う麻衣に心臓が不安定なリズムを打ち、心配になって手を伸ばしたいのにまた拒まれるのが怖くてそれも出来なかった。

「あ、あのね……」

(なんか変だ……)

 不安な気持ちは消えどちらかというと不審の方がしっくり来る。

 麻衣は今日も夏になると好んで着るタオル地のワンピースを着て、肩につくぐらいの髪は一まとめにして後ろで花のモチーフのクリップで留めている。

 可愛い……可愛いけど挙動不審で落ち着きがない。

「陸、あのね……えっと……」

 顔を上げて何か言いたそうな麻衣と俺は玄関で見つめ合う事になった。

(つーか……なんか顔赤くない? 熱でもあるのかな? 手伸ばしたいけど今は止めておいた方がいいんかなー。ってそんな言いにくいことを言おうとしているのがちょっと怖いんだけど)

 麻衣が何を言おうとしているのかまったく見当もつかず俺はただ待つしかなそうだ。

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