『番外編』
夏の風景【2】

 冷蔵庫を開けて目の前にある大量のそうめんを見てため息が出る。

 夕飯は何にしよう。

 結婚するまでは一人だったし休みの日には何かつまみながらビールを飲むなんてことも少なくなかった。

 けれどさすがにそんなわけにも行かず、レパートリーの少ないことに落ち込みながら冷蔵庫の食材を確認していると雅樹が後ろから声を掛けて来た。

「真子」

「なに」

 まだ午前中からのケンカは続いている。

 原因はあんなにくだらないことなのにココまで来るとはっきり言って引くに引けなかった。

「飯、外に食いに行くか」

 雅樹の提案に思わずホッと胸を撫で下ろした。

 でも変なプライドが邪魔して素直に喜びを表現することが出来ず、開けたままの冷蔵庫に顔を突っ込んだままジッとしていることしか出来ない。

「先降りてる。準備して来いよ」

「な……」

 そんな勝手なことばっかり言って……何か反論しようと振り返った時には雅樹はもう玄関へ歩いている途中だった。

 ちょっと……助かったかも。

 相変わらず素っ気ない雅樹の態度に何を考えているのか分らない時もあるけれど、言葉が少なくても雅樹はいつでも私のことを考えてくれているような気がする。

 きっと今だって雅樹は素直になれない私のことを分かってそう言ってくれたように思えた。

 自分に都合良く解釈すると気持ちは幾分明るくなってすぐに準備をして駐車場へと降りて行った。

「ねぇ……どこまで行くの?」

 車を走らせてもう一時間以上も経っているのにまだお店に着く気配はない。

 まだ明るかった空も少しずつうす暗くなり始めている、おまけに街から離れて行っているせいかより暗く感じてしまう。

「もう着く」

 その言葉の通り車は小さな駐車場に入って停まった。

 同じ敷地内に白い壁の建物を見てここがレストランということは分かったけれど、雅樹は車を降りると私の手を引いて道路を横断した。

「雅樹……どこ行くの?」

「どこって……海、来たかったんだろ」

 そう言いながら雅樹は人影もまばらな砂浜へと降りて行く、私はその時初めて自分が海に来ていることに気が付いた。

 海って……もう海の家もしまっちゃってるし……誰も入ってないんだけど……。

 日の沈んだ海は恋人達が名残惜しそうに歩いていたり、海の家が後片付けをしていたり、どこか寂しさが漂っている。

「水着……持って来てないのに」

「今入ったら風邪引くだろ」

「でも……せっかく海連れて来てくれたのに……」

 本当なら夏の太陽が降り注ぐ海に連れて来て欲しかったってのが本音、でもこんな風に雅樹と手を繋いで海を歩いていることが嬉しかった。

 その気持ちが伝わったのか繋いだ雅樹の手に力が入った。

「悪かったな」

「……え?」

「高校ん時……どこにも連れて行ってやれなくて……おまけに突然居なくなってよ」

「それは……」

 この先もこういう場面が何度もあるかもしれない、その度に私達はあの時のことをこんな風に苦しくなりながら思い出すかと思うと辛くなった。

 重い沈黙を包まれながら言葉を探していると雅樹が波打ち際で立ち止まった。

「昼間のアレ……別にお前の水着姿が見たくなくて言ったわけじゃねぇから」

 雅樹の言葉にあの強烈な一言を思い出した。

 ――今さらお前の水着姿見たって。

 思い出すとやはり腹が立ってしまう。

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