『番外編』
夏の風景【1】

「お昼ご飯出来たよ」

「……また、そうめん?」

 テーブルの上にドンッと置いたそうめんに雅樹は顔を上げると小さく呟いた。

 ケンカをしている時というのはどんな言葉もいつもの何十倍も嫌に聞こえるから不思議、普段ならきっと雅樹はこんな言い方をしないし私もこんな事を言われても笑って返せてるはず。

 なのに口から出た言葉は……。

「嫌なら食べなければいいでしょ」

「別に嫌なんて言ってねぇし」

「…………」

「…………」

 ――同い年だとなんか張り合っちゃう、どっちも引きたくないって感じ。

 私は数年前に友達が言っていた恋人の年齢についての意見を思い出していた。

 確かに当たってるかも……。

 結婚したばかりの私達はまだまだ甘い新婚のはずで、ケンカなんか無縁で毎日が恥ずかしくなるくらいのラブラブの生活を送っているはず。

 違う違う、それは一般論なのよ。

 だいたい雅樹とじゃそんな雰囲気にならないっていうか……結局今だってこんな状態だし。

 だけど……今回は雅樹が悪いんだから、絶対に私の方から折れてなんてあげないんだから。

 重苦しい雰囲気の昼食は二人がそうめんを啜る音しか聞こえない、当然のことながらこんな雰囲気の中で食べるご飯は美味しくない。

 おまけにここの所頻繁に食卓に上がるそうめんだからなおのこと。

「……まだ怒ってんのかよ」

「ズルズルズルッ……」

「いい加減、機嫌直せよ」

「ズルッ、ズルズル……」

「真子、いい加減にしろよ!」

 そうめんを啜り続けていた私にさすがにカチンと来たらしく雅樹が声を荒げた。

 私は箸を置いて顔を上げると明かに不機嫌な雅樹の瞳が真っ直ぐ睨み付けている、高校生の頃はその瞳が怖いと怯えていたこともあったけれどそれはもう昔の話。

 そうやって威嚇したって無駄なんだから……。

「雅樹がさっきの訂正してくれたらすぐにでも機嫌直すけど」

「だから……あれは言い過ぎたって謝っただろ」

「じゃあ、海に連れてってよ」

「いい年して海水浴もないだろ。暑いし行ったってどうせ人ばっかだし海なんか入んねぇだろうが」

 雅樹はまたかという顔をすると吐き捨てるように言った。

 その態度に私は一時間前と同じセリフを口にする。

「そうだったわね。三十手前のオバサンの水着姿なんか見ても楽しくないもんね」

「だから……」

「どうせなら高校生の頃のピチピチしていた肌のうちに水着姿を披露すれば良かったかしら?」

「真ー子ー」

 同じ話を何度も蒸し返すな雅樹の瞳が語っている。

 私達の記憶の中にデートと呼ぶべきものは見当たらない、毎日のように会っていたけれど大抵は雅樹の住んでいたアパート。

 それ以外はバイクと一緒、もちろん二人きりなんかじゃない。

 プールや海どころか映画すら行った記憶もない。

 私だってみんなみたいにデートとかしてみたかったんだから……。

「夏の思い出……一つくらいあったって……」

 あんな悲しい思い出なんかじゃなくて……もっと楽しい思い出が一つでもあったら……。

 そんな気持ちを込めて呟いた言葉を最後に私は黙り込んでしまい、言い過ぎたと謝る暇もなく雅樹は箸を置いて席を立ってしまった。

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