『番外編』
指令、出ました。【2】
いつだってこうだ……。
この人は何もかも見透かしているような顔をする、実際俺がこの人に勝てたことなんて一度もない。
「それじゃあ本題。実はね……毎年そこを任せてたオヤジがねぇ、ギックリ腰でしばらく休ませて欲しいっていうんだよ。でも海の家が閉まってるなんて景気が悪いだろ。といっても親父の代から頑張ってくれているからあんまり無理も言えないしねぇ」
俺も覚えている、いつもニコニコとしている優しいおじさんで夏休みのたびに会うのが楽しみだった。
まだ現役だったことにはさすがに驚いたが、それよりもその話の続きが気になった。
「そこで、だ」
仁の顔つきが急に変わり思わず背中に力が入った。
「今年の夏はお前にこの店を任せる」
「…………」
仁のその表情からそれが相談でも頼みでもなく命令だということを読み取った。
親父の跡を継いだ仁の言葉は絶対で、たとえ家から出て好きなことをやっていても俺はここの家の次男であることに変わりはない。
無駄だとは分かっていたが素直には頷けなかった。
「でも俺にも仕事が……、そういうのを任せられる若い奴らがいないんですか?」
「色々あってねぇ、ちょっと人手が足りないんだよ。俺だって頑張ってるお前の仕事の邪魔はしたくない。だから二週間。仕入もすべてお前に任せる、もちろん売上もすべてお前の物だ。どうだい? 二週間……従業員を遊ばせておくよりはいいだろう? 改装とはいえ出費は大きいしその間営業しないとなれば……」
一ヶ月以上顔を合わせていなかったのにすべてお見通しのこの言葉を聞いても驚きはしない。
俺のことについて仁が知らないことなんて何一つない、今さらそんなことで目くじらを立てることもなく当たり前のことのように受け入れた。
それでも出来るのならこの人に一矢報いたい、どこかに攻め口はないかと頭を回転させる。
「あぁ、それと……改装の祝いに俺から花を贈るよ。タカ、一番見映えのする花を代表名で用意しとけ。恒心会会長池上仁の名に恥じないやつにしろ。大事な弟の店だからな、ケチるんじゃねぇぞ」
チッ……先手を打たれたか。
貴光さんの短い返事を聞きながら奥歯を噛みしめる。
俺の一番嫌がることを引き合いに出して絶対に断れない状況を作る、相変わらずの仁のやり方にこれだけは譲れないと頭を下げるしかなかった。
「分かりました、引き受けます。それと……に、兄さん……祝いの花は嬉しいのですが、出来たら俺のマンションに届けて貰えますか?」
「んーそうかい? じゃあマンションに届けるようにしようか」
勝負ありだった。
「ハァ……」
「誠ちゃん、疲れてんなら一度マンションに戻るかー?」
「いや……なんか美味いもんでも食いに行きましょうよ。彰さんの奢りで」
「おいおーい、雇い主が従業員にたかるってどうなのー? でもまぁ……今日は誠ちゃんも頑張ったしーご褒美あげちゃおうかなー」
家を出る時に見送る仁の満面の笑みが頭を過ぎりまた悔しさが込みあげる。
家業が嫌いで家を飛び出したとはいえどうしても家族は捨てられない、だからこそ兄の仁に言われれば従ってしまうのは必然だった。
俺の知らないところで仁がいつでも目を光らせて何があっても対処出来るようにしていることは知っている。
家出同然に家を飛び出した俺が今までさほど大きな問題もなくやってこれたのもそういう仁の配慮のおかげだと分かってはいるもののそれを素直に受け入れることは出来ない。
今やっていることに家の名前を使いたくない。
そんな俺の気持ちを誰よりも仁は知っている、だからいつもあんなことを言うけれど実際に行動を起こすことはないような気がする。
だがそれはあくまでも推測でしかなく、賭けに出るにはあまりにも分が悪過ぎた。
「こうなったら……稼げるだけ稼いでやる」
「おっ! 誠ちゃんが久々にやる気を見せたねぇー」
「彰さんにもしっかり働いて貰いますからね」
「はいはーい」
俺はさっきまでの鬱々とした気持ちを切り捨て、稼げる方法を考えることに集中するため目を閉じた。
end
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