『番外編』
指令、出ました。【1】
大きな門構えから車が出て後方で門扉の閉る音を聞くとシートに体を預けてホッと息を吐いた。
「お疲れー、誠ちゃん」
運転席に座る彰さんがルームミラー越しに俺を見て小さく笑う。
「彰さんも人が悪い……どうせ今日の話も一枚噛んでたんでしょう?」
「ハハハ……。でも教えたら誠ちゃん絶対嫌がっただろうし、そうなると俺が兄貴と仁さんにどやされるからさー」
ごめんごめんと軽い調子で謝られたが、彰さんを責めても仕方がないと口を噤んだ。
窓の外へと視線をやればさっき出て来たばかりの大きな門から繋がる高い塀がまだ続いている。
外界と遮断するような高い塀に囲まれた大きな敷地、高校を卒業するまでここに住んでいた生まれ育った実家なのにここに帰って来ることは三ヶ月に一回いや半年に一回か。
呼び出されているのは月に三回、いや週に一回はある。
呼び出されるたびにあれこれと理由を付けて断り続けているのに、今日は彰さんに上手く騙されて連れて来られてしまった。
「でもさー意外だったなー、誠ちゃんがあの話を受け入れるなんてさー。何か企んでるー?」
「企んでるも何も……」
あそこに帰った俺が自分の思い通りに出来たことなんてただの一度もないんだ。
「お帰りー、誠」
彰さんが襖を開けた十二畳の和室にはいつものように兄の仁がいてニッコリ笑って俺を手招きした。
普段は自分と同じように実家を出てマンション住まいのくせに呼び出す時は決まって実家だ、もちろんそれが両親のためだということは分かっているがそれ自体も家業を嫌い実家に寄り付こうとしない俺を実家に帰らせる手段の一つにすぎない。
「今日は何ですか」
長居せずにさっさと要件だけ済ませて帰ろうと仁の向かいに置かれた座布団に腰を下ろした。
俺よりも八歳年上の仁はいつもと変わらない笑みを浮かべ俺をジッと見つめる。
その視線は傍目から見ればとても優しい弟を見守る兄の目だが、その奥に悪巧みを考えているような愉しげな色があることを見逃さなかった。
「相変わらずつれないなー。たまにはお兄ちゃんとゆっくり話をしないかい?」
「お断りします。仕事があるので手短にお願い出来ますか」
まだ昼を少し過ぎたばかりで開店までにはまだ時間があったがこの場合はそう言うしかない。
でも顔色一つ変えない仁はタバコに火を付けて残念だなぁと一言漏らすと側に控えていた貴光さんに目配せをする。
彰さんの兄でもある貴光さんは小さく頷くと彰さんよりも一回り大きい体で機敏に動き、初対面なら絶対に視線を合わせたくない強面の顔で俺の斜め後ろに座る彰さんを一瞥した。
一瞬のやり取りだが兄弟らしく意志の疎通が出来たのか視線の端で彰さんが頷くのが見えた。
一体……なんだ?
三人のやりとりに気になっていると貴光さんはスーツの内ポケットから取り出した一枚の写真を俺の前に置いた。
「これは……」
目の前に置かれた写真に視線を落とし、それが小さい頃よく通った海の家だということはすぐに分かった。
「海の家だよ、覚えてるかい? あれは誠が小学三年の時だったっけ……俺が友達とばかり遊んでいたら拗ねて行方不明になったことがあったよねぇ? アキはワンワン泣くだけだし俺とタカで必死に探したら隣りの海水浴場にいて、俺がようやく見付けると誠は涙で顔をぐしゃぐしゃにして……」
「昔話は聞きたくねぇっつーの! 早く本題に入れよ!」
「そう? でも久々に誠の口から他人行儀じゃない言葉が聞けるなんて話した甲斐があったかな」
してやったりという顔をされて悔しさに拳を握り締めると、斜め後ろに座る彰さんの吹き出す声が聞こえますます悔しくなった。
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