『番外編』
雨が上がれば雨の記憶【1】

 車中を重い沈黙が支配して十分ほどが過ぎた。

 迎えに来てもらっておいて……ううん、私が迎えに来て欲しいなんて頼んだわけじゃないのよ?

 それが勝手にとか言うと怒るだろうけど、そんな感じで迎えに来てくれたのはいいけど……一体何が気に入らなくてそんなに仏頂面なわけ!?

 隣でハンドルを握る雅樹の眉間の皺をチラリと見る。

 ほら……またさっきより濃くなってる。

 だいたい昔からちょーーーーーーっとでも気に入らないことがあるとすぐ当り散らしてたのよね。

 大人になってそれが治ってると思ったら、今度はムッツリしちゃって……。

 再会したばかりの頃はそんな所も渋いなぁとか硬派だなぁとか思ってたけど……やっぱり何だかんだ言って腹が立つのは腹が立つのよね。

 言いたいことがあれば言えばいいと思うの。

 そりゃ長いこと会ってなかったからずっと付き合ってたいうのは語弊があるかもしれない、でも十年経ってもまたこうやって一緒にいられるんだからもっとコミュニケーションみたいなの大事にしたいとか思ってくれないのかなぁ。

 もしかして車に乗ってから帰るまでこのままダンマリのつもりなのかな。

「ハァ……」

 はぁ!? もしかして今ため息吐いた?

 しっんじられないっ! 

 こっちはどうしてそんなに不機嫌なのかなとか私が何かしたのかなとか色々頭の中グルグルさせてるっていうのにため息??

 もう……限界!

「そんなに嫌なら迎えに来なければ良かったでしょ」

「あ?」

「子供じゃないんだから別に一人で帰れるんだから」

「何言ってんだ、お前」

 呆れたように言ってまたため息を吐いた。

 あーもう……どうしてそうなの?

 言いたいことがあるなら言ってくれればいいのに!!

「こんなことなら会社の人に送って貰えば良かった」

 ――キキィッ!!!

「キャァッッ! ……ッ、、、えっ? 何? どうしたの??」

 急ブレーキの衝撃で締め付けられたシートベルトに苦しさに顔を顰めながら慌てて外を見渡した。

 後ろの車から聞こえるのかけたたましいクラクションの音が鳴り響いている。

「雅樹、どうしたの? 何かあった??」

 ハンドルを握っている雅樹の横顔が険しいことに気付いてもしかして事故??と頭の先から血が下りていくのを感じた。

「ふざけんなっ!!」

「えっ?」

「お前はバカかっ! いい加減にしろっ! くだらねぇことばっか言ってんじゃねぇぞっ!!」

「え、えっ……雅樹?」

 すごい剣幕で怒っている雅樹の拳が思いっきりハンドルに叩きつけられる。

 もしかして……ううん、もしかしなくても私に怒ってる……みたい?

「そんな簡単に知らない奴の車に乗るなっ!」

「し、知らないって……会社の人だし……」

「乗るのは家族の車だけだっ!」

 私に反論は許さないと言いたげに怒鳴り返された。

 家族の車だけって……あれ、もしかして雅樹ってばヤキモチ妬いちゃってるのかな?

 今まで仏頂面で黙り込んでたのも会社の人と親しげにしてたのが気に入らなかったとか?

 そう思ったら何だか仏頂面も怒った顔も急に可愛く思えて来た。

「もう、心配しなくても私には雅樹だけだよー」

 雅樹が可愛くてクスクス笑いながら髪を撫でようと手を伸ばすと手首を掴まれて捻り上げられた。

「い、痛っ……雅樹、痛いよ……」

 普通なら曲がらない方向に曲げられ思わず悲鳴を上げた。

 雅樹はすぐに手の力は緩めてくれたけれど私の手首をきつく掴んだまま離そうとしない。

「忘れたのかよ」

「何が?」

「あん時……車に乗って何されたのか忘れたのかよっ!!!」

 声を荒げた雅樹が奥歯を噛みしめたのかギリッと小さな音がした。

 私はようやく雅樹の言いたかったことを理解して、自分がどんなにバカだったかって頭が殴られたくらいのショックを受けた。

 ううん、ショックだったのはきっと雅樹の方。

 あんな無神経なこと言ってヘラヘラしてる私に腹を立てて当然だった。

「……ご……めんなさい」

 謝ったあと嬉しいのと情けないので一気に瞳に溜まった涙は瞬きをすると頬を伝った。

「チッ……」

 苛立った雅樹の小さな舌打ち、そんなことされても怒れない。

 そのまま黙り込んでしまった雅樹が車を発進させたのか再び振動が体に伝わってくる。

 心配してくれた雅樹が怒るのは当たり前で、それを茶化した私は怒られるのが当たり前で、こんな風に最悪の雰囲気になったって仕方がない。

 だから泣いてちゃいけないって思うのに一度流れた涙を止めることはなかなか出来ず、次から次へと零れ落ちる後悔の雫が膝の上の鞄を濡らしていくだけだった。

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