『番外編』
雨が上がれば男同士【3】

 もちろんそれは絶対にない、でもそう疑いたくなるくらい拓朗の思いは強い。

 拓朗がただの親友なら微笑ましい笑い話だが、恋人の兄という立場だからとても笑えなかった。

「お前さ……そこでお兄ちゃんは温かく見守ることにした、とか言えないわけ? 俺はお前の熱い視線なんて欲しくないんだけど」

「さっきも言っただろう。珠子は最近ますます可愛くなってきたからお前がいつケダモノになるか分かったもんじゃない」

「しつけぇよ。だいたい俺の前でも腹出して寝てるのに、どうやってそんな雰囲気になるんだろ」

 半分は本当だが、半分は嘘だ。

 好きだと思っている相手があんな無防備な寝姿を晒して平然としていられるほど大人じゃない。

 だからこそまだ子供だ子供だと思いたい自分が常にいる。

「お前がその気になったらそのくらいわけないだろ」

 拓朗の声がからかうように笑う。

 そんな時もあったなと昔のことを思い出す。

(でもタク知ってるか? そういう奴に限って本気の相手になるとうっかり手を出すのが怖いんだよ)

 すべてを攫ってしまいたい凶暴な自分がいることも確かだ、でもそれを上回るのは傷付けて嫌われたくないと思う優しくて気弱な自分。

 だが親友とはいえそんな自分を晒すことはやはり気恥ずかしくていつものように茶化してしまう。

「どれ、それなら一度試してみるか」

 意味もなく腕まくりをしながら忍び足で珠子の部屋へと向かう。

「お、おいっ! ふざけんなっ!」

 拓朗の慌てた声の後にドンッと後ろから強い衝撃。

「うぉっ! あっぶねぇ! タバコ持った手で抱きつくな!」

 タバコの先の赤い部分が手に触れそうになって慌てて手を上げた。

 だが拓朗はそんなことも構わず腰に抱き着いたままグイグイと後ろへと引っ張っている。

(あーもう、冗談だっつーのに……)

 自分もからかい半分でやっているんだから自業自得だと思いつつ、腰に巻きついた拓朗の腕をポンポンと叩いた。

「そんなことするわけねぇだろ。冗談だ冗談。お前との約束を破ることはぜってぇしねぇよ」

 さっきまでとは違う真摯な声で言った。

 拓朗の腕から力は抜けたもののまだ抱き着いたまま離れない。

「…………悪かったな。口うるせぇ兄貴で」

 意外にも神妙な声に驚いた。

 それが珠子の兄としてではなく庸介の親友としてのセリフだとすぐに分かった。

「分かってるよ。そんな兄貴を持つタマだから俺も好きになったんだし」

(時々はイラッとくることもあるけどな)

 その言葉は呑み込んで心の中で呟くとパシッと音を立てて拓朗の腕を叩いた。

「つーか、こんな時間に何やってんだよ俺たち。さっさと寝ようぜ」

「言われなくても! だいたいお前が居なきゃ俺はとっくに寝てんだよ!」

 あっという間にいつもの憎まれ口に戻った。

「あ、あ……」

「エッ??」

 突然聞こえて来た声に二人の声が重なった。

 声のする方を見れば細く開けた窓から顔を出している珠子の姿。

「あ、あの……邪魔しちゃって……ごめんなさいっ」

 ピシャッと音を立てて窓が締められシャッとカーテンの引かれる音。

 そしてしばしの沈黙ののち……。

「タ、タマッ!?」

「珠子ーーッ!?」

 未だ抱き着いたままだった拓朗が転びそうになりながら珠子の部屋に駆け寄り、それを押しのけるようにして我先にと窓に張り付こうとした。

(あんなマンガなんか読むからだっ!)

 珠子の部屋でペラペラと捲ったマンガが頭によみがえる。

 深夜のベランダで窓に張り付きながら弁解と説明を繰り返す俺たちはすごく滑稽だろう、それなのに二人ともいつになく活き活きした顔をしているはずだ。

 何年経っても変わらない、きっと何年経っても二人は永遠のライバル。

 種目は一つだけ、たった一人の大切なお姫様から笑顔を引き出すこと。

 今は自分が一歩リードしていると思って譲らないまま、閉まったままのカーテンが揺れるたび一喜一憂し続けていた。

end
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