『番外編』
雨が上がれば男同士【2】

 振り返ると鬼の形相をした拓朗がタバコを銜えたまま睨みつけ、酔っているせいもあるのか目が血走っていてかなり怖い。

「冗談だろうが。お前との約束はちゃんと守ってるよ」

「どうだか。珠子はあんなに可愛いからお前がいつケダモノになるか俺は気が気じゃない」

「ケダモノって。んなもん、初めての時はめちゃめちゃ優しくするに決まってんだろ」

 想像して思わず口元を緩めると殺気だった視線に顔を上げた。

 その顔はさっきよりも酷く、今から殺してもいいですかとか言い出しそうな雰囲気だ。

(シスコンも度が過ぎたらほんと手が付けられんな)

 昔から拓朗の珠子への溺愛ぶりは周知の事実、本人はそれを隠そうとしないしそれどころか恥ずかしげもなく誰よりも珠子が一番可愛くて大事だと公言する。

 それが原因で今まで何人の彼女と破局したか分からない。

「そんなことより、タク……誰が合コンの帝王だって?」

「あ?」

「自分の周りに可愛い女の子を座らせて高笑いしてるって?」

 形勢逆転だ、さっきまで強気だった拓朗はぎこちなく顔を横に向けると落ち着きなくスパスパとタバコを吸い始めた。

 一歩踏み出して拓朗の体を手すりの方へと追い込んだ。

「何、俺を巻き込もうとしてんだよ。タマと付き合い始めてからそういう類の飲み会に行ってないこと、誰よりもお前が一番知ってるよなぁ?」

「だ、だってよー」

 腰を引き気味にしながら言い訳を言いたそうな拓朗に顔で先を促した。

「珠子が合コンなんて不潔……みたいな顔するんだぜ? だけど今日はバイトの代役とか色々いつも頼んでる奴からの頼みだったしどうしても断れなくて……お前だって昔はよくやってたんだから、俺は嘘は言ってない…………と思う」

「だからって俺が今も現役で合コン参加してるようなこと言うよ。つーか高笑いしたことなんかねぇし……だいたい、ほっといても女が集まってきただけだしな」

「お前ね……そういう発言どうかと思うぜ? 今日も奴ら愚痴ってたぞ。お前を誘うと女の子の集まりはいいけど片っ端から持っていかれるって、だからお前が合コンを断るようになってようやく自分達にも春が来たって」

「大袈裟だな」

「お前の友達やってるとなかなか彼女に恵まれねぇんだよ。ちっとは責任感じろよ」

「なんで、俺が」

 鼻で笑いながら短くなったタバコを近くにあった灰皿に手を伸ばし押し付けた。

 拓朗もそれに倣いタバコを消すと俺は拓朗から体を離し手すりに背中を預け空を見上げた。

 そういえば降っていた雨もいつの間にか上がっている、だが空はまだ曇っているせいか星一つ見えない。

「でもお前のおかげでいい思いが出来たし、それだけは感謝してやるよ」

「は? どういう意味だよ」

 拗ねる仕草も目に涙を浮かべた瞳もその後の恥ずかしそうな顔を思い出す。

 成長途中のアンバランスな心と身体、大人にも子供にもなりきれない危うさ、ほんの一瞬なのにとても大切な時期にそばで見ていられることが嬉しい。

 これからどんな大人になっていくのか側で見守ることが出来る安心感、それと同時に浮かぶのは自分や拓朗があれやこれやとがんじがらめに縛り付けてはいけないという思い。

 珠子には伸び伸びと色んなことを見聞きして欲しいという願い。

(でも、離すことだけは出来んだろうな)

 ここまで珠子にはまり込んでいることに自分でも時々驚いてしまう。

「おい、タク?」

「あぁ……そんで合コンはどうだったんだよ。可愛い子いたか?」

「んーまぁ、それなりにな」

「おいおい、なんだよそれ。お前もいい加減彼女作れよ、そうじゃないといつまでたっても俺とタマがよろしく出来んだろう」

「なにぃ!? それなら俺は一生独身でも構わん!」

「アホか、お前は」

 ムキになる拓朗に思わず声を上げて笑った。

(ほっんと変わんねぇな……)

「どうせ出来ても長続きしねぇしな」

 拓朗はボソッと呟いてタバコを取り出して、それから自然と勧めるように差し出され一本取り出した。

 今度は俺がライターを取り出して二人分のタバコに火を点ける。

「それはタクに原因があるっていつも言ってるだろ」

「しょうがねぇだろ。珠子は俺にとって大切な妹で何年経とうが何十年経とうがそれは変わらん。それをブツブツ言うような女と付き合うだけ疲れる。どっかに珠子のことも好きになってくれるような子が居たら俺は迷わずその子を選ぶな」

「…………いるわけねぇだろ」

「じゃあ、俺は一生独身で構わん」

「マジかよ」

「マジ」

 顔を見合わせて互いが変に神妙な顔をしていることに気付いて同時に吹き出した。

 もう何度もしてる会話、結論も出ないしいつも同じように終わる。

 いつも人も時間も目まぐるしく変わっていく生活に身を置いているせいか、ここに帰って来て変わらないことに触れるたびに嬉しくて安心する。

 これからもそうであって欲しいと願いながら、出来れば拓朗にも珠子以上は無理だとしても同じくらい大切に思える女性が現れてくれたらいいと思う。

「だから、俺から逃げられると思うなよ」

「お前はストーカーか、怖ぇよ」

「最近、タマは色々言われると嫌がる年頃だからお前を見張るしかねぇだろ。ベッタリして珠子に嫌われたくない」

 自信たっぷりに言い切った。

(あれ以上ベッタリしようと思ってたのか?)

 そんな発言をする拓朗を見るたびに珠子への気持ちは純粋な兄妹愛でなく、本当は恋という名を持つ執着と独占欲なのではないかと疑いたくなる。

[*前] | [次#]


コメントを書く * しおりを挟む

[戻る]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -