『番外編』
雨が上がれば男同士【1】

 時刻は午前零時をとうに過ぎ、長い針がそろそろ真上を指そうとしていた。

 秒針の小さな音と紙を捲る微かな音、そして規則正しく聞こえて来る寝息と寝返りを打った時の衣擦れ音しか聞こえない。

 部屋と廊下の境に座りながら次のマンガに手を伸ばした。

「つーかもう、これってただのエロ本だろ。高校生が読んでいいのかよ」

 別に読むわけでもなくペラペラと捲ると、男と男がキスをして絡み合うシーンがすぐに出て来た。

(タマ……お前こんなん読んでんのかよ……)

 男同士だとか女同士だとかそういうことに偏見はない、けれど赤ん坊の頃から知っている珠子がそういう物を読むような年になったということがショックだった。

(この前までまだちっこいガキだとか思ってたけど……よく考えてみりゃそんなガキだと思ってた相手に告ってんだよなぁ……俺)

 ちらりとベッドの上の珠子を見る。

 恋人がそばにいるという自覚があるのかないのか、それとも現実的にまだそういう対象として見ていないのか、珠子は幼い顔をさらに幼く見せぐっすり眠っている。

(まぁ……変に意識されるよりはいいかもだけどな)

 今はまだ手を出す気のない自分としてはありがたいが、健康な男子としてはありがたくないようなかなり複雑な気分。

「たっまこ〜ちゃ〜ん」

 階段を上がってくるご機嫌な声が聞こえて来た。

(やれやれ……ようやくご帰宅かよ)

「お兄ちゃんが帰ってきましたよぉ〜」

 どう聞いても酔っ払いと取れる声と足取りで二階に上がってきた拓朗はフラフラと珠子の部屋に近付いた。

 いつもなら閉まっているはずのドアが開きっぱなしになっていることも不思議に思わず、そのまま部屋の中へと入っていこうとしたがそれを阻むように庸介の足が伸びた。

「あ……?」

 間抜けな声のあと拓朗は視線を下げた。

「よう、酔っ払い。お持ち帰りはナシか?」

 刺々しい声の物言いにいつも温和な拓朗の顔が険しくなった。

「なんでお前が珠子の部屋にいるっ! お前! 俺が居ないと……フガッ、フガッ……」

 いきなり大声を出した拓朗に庸介は慌てて立ち上がり口を塞いだ。

「ばかやろっ! タマが起きるじゃねぇか、静かにしろよっ!」

 ベッドで寝ている珠子にチラッと視線を向け、囁くように言うと青筋を立てた拓朗もそこは大人しく引き下がった。

 いくら怒り心頭でも溺愛する妹の睡眠を妨げることは出来ないらしい。

 珠子が起きていないことを確認してドアを閉めソッと部屋から離れる、二人はそのまま拓朗の部屋に入りベランダへと出た。

「こんな夜中に人ん家で何やってんだよ。つーか、それ俺のジャージだろ」

「部屋に布団敷いてあんだから泊まるって分かってるくせに聞くな」

 時間も時間ということもあり二人は声を潜めながらボソボソと話す。

 拓朗がタバコを一本取り出して銜えると、庸介もタバコを取り出し二人分のタバコに火を点けた。

 二人が同時に細く長い煙を吐き出す、そして先に拓朗が不機嫌そうに口を開いた。

「何やってた」

「どんなマンガ読んでんのか気になって見てただけだよ」

「マンガ?」

「あぁ、なんか最近やたらマンガ買ってんだろ。つーかお前が金やってんだろ?」

「別にマンガぐらいいいだろ。何万もするわけじゃねぇんだし。お前みたいにな何万もするような服買って、金に物言わせるような男じゃねぇんだ、俺は」

「いつ俺が金に物言わせたよ。あれは彼氏から彼女へのプレゼントだろうが。シスコン兄貴の邪な気持ちと一緒にするんじゃねぇよ」

 そこまで一気に話すと同時にタバコを銜えそしてまた吐き出す。

 何年も一緒にいるせいかこういう間も似てくるものだろうかと、それがおかしくて少しだけくすぐったい。

 友達は多い方だと思うけれど高校生の頃からの友達との関係が変わり始めたのはこの仕事を始めて少しずつ自分の姿が雑誌上に増えていった頃。

 自分に向けられる視線は妬みを奥に秘めた媚びるようなものへと変わった。

 でも拓朗だけは変わらなかった。

 誰もがヨウとしての自分を見る、昼だろうが夜だろうがオフだろうが関係なく自分に向けられる視線はモデルのヨウへのもの。

 それが拓朗にはない。

 自分をただの三木本庸介として見るのは家族と拓朗と拓朗の家族、珠子の向ける視線は時々どこか遠い所を見ている時があって多分モデルの時と上手く切り替えが出来ないんだと思う。

(まぁ、タマとはいえやっぱり年頃の女の子だしな)

 ファッション誌に売り出し中の俳優やアイドルの特集記事が組まれることは多い、自分もたまにだがそういう取材を受けることがあり、そのたびにますます自分が商品化されていく感じがする。

 元々モデルになりたいと思っていたからそれはありがたいし、今まで頑張ってきたことがここへ繋がってきていると思えば励みにもなった。

(でもな……少しずつ変わってきたな)

 派手な世界に身を置くことが楽しい時期もあった、でも今はそれが少しずつ疎ましく思えてきているのも事実。

「そんで、なんで泊まりなんだよ。近いんだから自分の家で寝ろよ、珠子と一つ屋根の下で寝ようなんて百年早いわ!」

「今まで散々寝てきてんのに今さら言うセリフかよ」

 ぼんやりタバコを吹かしていたらタクの鼻息荒い声が聞こえて意識を戻した。

「寝てきたとか言うな! なんかお前が言うといかがわしい」

「まだいかがわしいことはこれからだが、そんなに言うなら期待に応えて今からいかがわしいことを……」

 体の向きを変えて部屋に入ろうとするとグイッとジャージを掴まれた。

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