『番外編』
貴俊くんの憂鬱【4】

「……、……し、おいっ! 貴俊っ!」

「あ、ごめん……」

「朝からどうしたんだよ! なんかボケッとしてるし授業中も寝てただろ!」

 いつの間に授業が終わっていたらしい。

 結局なかなか寝付けずに昨夜は三時過ぎにようやくウトウト出来た。

 まだ寝不足でぼんやりする頭をスッキリさせるために軽く頭を振りながら目の端を吊り上げている祐二に視線を落とした。

「次、移動教室だっけ」

 教室の中にほとんど人が居ない、きっと祐二は俺を催促しに来たんだろう。

「何、言ってんだよ! 次は体育! プールだろ、プール!!」

「あ、あぁ……そうだったね」

 今年初めてのプールの授業だ、そのせいで俺は昨夜あまり眠れなかったことを思い出した。

 恥ずかしい思い出があるからこの季節が苦手なわけじゃない。

 ただ健康な十代の男子だったら好きな子の裸を見て何とも思わないわけがない。

 全然平気だというそんな理性の塊みたいな同世代がいたら俺はその人に弟子入りがしたい。

 今までは裸の祐二を前にしては口に出して言えないような想像を繰り広げてはなかなかその熱を冷ますことが出来ずヒヤヒヤした。

 けれどそれももう終わりだ、今年は違う。

 恋人同士になって体も何回か繋げた、まだ祐二は恥ずかしそうに半分当り散らしてるけれどちゃんと感じてくれている。

 だからもう……祐二の裸を見て変な想像する心配はない、と思う。

 言い切れないのはやっぱりその場になってみないと分からないから、今度は体を繋げている時の可愛い祐二を思い出して暴走してしまいそうで少し怖い。

「あれ……祐二、荷物は?」

 俺はプールの用意を手に歩き出そうとして隣を歩く祐二の手が空っぽなことに気が付いた。

 あれほど毎年プールの授業を楽しみにしている祐二が用意を忘れるなんてありえない。

「祐二?」

 膨れっ面の祐二が俺の顔を睨みつけている。

 本人はすごく怒って俺を威嚇してるつもりなのは分かっているけれど、どうしても俺には可愛い恋人が上目遣いで拗ねている顔にしか見えなかった。

「見学だっ!」

「見学? え……どっか具合悪い? 保健室行く?」

 朝は何ともなかったはずなのに……俺は祐二の調子が悪いことにも気付かないほどボーッとしていたのかと情けなくなった。

「違うわっ!!!」

 落ち込む俺に祐二が怒鳴った。

 確かにそれだけ大声を出せればどこも悪い所はなさそうだけれどどうして授業を休むのか分からない。

「お前……忘れてんじゃねぇよなぁ?」

「え……っ」

(もしかして今まで祐二の裸を見て授業中なのに変なこと想像してたって気付いた!?)

 俺はいつになくうろたえた。

 そんな恥ずかしい所を祐二に気付かれていたなんて穴を掘って地球の裏側へ出てしまいたいくらい恥ずかしい。

「あれほど跡付けんなって言ってんだろっ!!!」

 祐二が背伸びして握った拳を俺の頭に叩きつけた。

 あまり痛くはなかったけれど殴られたところを手でさすっていると祐二は突然シャツのボタンを外して隠れていた肌を空気に晒した。

(何、やって……)

 こんな所で何やってるんだって止めようとした手が止まった。

 肌の上に散った赤い跡、それが何を意味しているか分からないわけがない。

「あ……」

 それは二日前に祐二を可愛がった時の俺の証。

「こんなの付けてプールなんか入れるわけねーだろっ!! 貴俊のバカッ! アホッ! 変態ッ! エロッ!」

 レベルの低い文句も祐二らしい、しかも周りに聞こえないように小声だからなおさら迫力もない。

「ごめん」

「笑いながら謝んなっ! お前も連帯責任だかんなっ! 俺だけ補習受けんのなんてやだかんな、お前も今日は見学!」

「分かったよ」

 俺は手に持っていたプールの用意が入った袋を戻した。

 寝不足の体にプールはきつかったし今日は可愛い恋人の隣でサボって居眠りする悪い生徒になってみるのもいいかもしれない。


end
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