『番外編』
貴俊くんの憂鬱【3】

 ホッした俺はようやく落ち着きを取り戻して自分と祐二の姿を見てギョッとした。

 溺れそうになった祐二を助けるためだったとはいえ、俺は祐二の体を抱きしめるように背中に腕を回している。

 祐二も俺の首に腕を回している。

 背負っていた時と反対なだけなのに俺は心臓が痛くなるのを感じた。

「お前ら二人! もう一往復して来いっ!!」

 先生の怒る声が俺達に向けられているのは分かった。

 でもその声はどこか別の世界でしているような気がする、鮮明なのは祐二の声と息遣いとまだ焼けていない肌の白さと体の熱さだった。

「チェッ……あんな怒らなくたっていーじゃんかよっ!」

 先生の言葉にブツブツ文句を言いながら祐二の体が俺から離れた。

(あっ……)

 離したくないと思った。

 祐二の体が離れていく、その途端に冷たい水の中に一人放り出された俺は心細さを感じた。

(祐二を離したくない)

 その想いが体を動かした。

 離れていく体を引き止めるように俺の腕は祐二の体を抱きしめた、いやしがみついた。

「お、おいっ! どうしたんだよっ、大丈夫か? 溺れんなよっ!」

 祐二の慌てた声、助けようとしているのか背中に回された腕、俺は祐二の体の温かさにホッと息をついた。

 でもその後すぐだった。

 体が熱い、体の一部分が熱くなっている。

(嘘……なんで……)

 その熱さに戸惑った、冷たい水などものともせず熱くなったそこは水着を押し上げている。

「おい、貴俊っ! 何だよ、待てって! 抜け駆けすんじゃねぇって!」

 俺は祐二の体から逃げるように水の中を歩き出した。

(俺は、俺は……俺は……)

 大きく水飛沫を上げながらコースをどんどん進む、顔が濡れたって水が鼻に入っても気にならないほど動揺していた。

 祐二とは家も隣同士で物心着いた頃からずっと一緒にいたし、むしろどうして同じ家に帰れないんだろうと思うくらい一緒にいるのが当たり前だった。

 だからこの学校に入ると決めた時だって祐二は当たり前のように俺と一緒に行くと言った。

 もちろん俺だってそれが普通だと思ったし、祐二が側に居てくれるだけで受験の時だってどんなに心強かったか分からない。

 それは友情だと思ってた。

 両親や兄さんでは絶対に代わることの出来ない特別な存在の友達だと思っていた。

(なのに……俺はさっき……)

 冷たい水の中を進むうちに熱くなった体を静めることが出来た。

(考えろ、考えろ……きっと何か理由があるはずなんだ)

 理由がないわけない、原因がないのに結果が出るはずがない、俺はその答えを出すことに必死で25M歩き折り返す時も何も考えずに振り返った。

「へへっ! 追いついたっ!」

 振り返った瞬間、顔面に直撃した水の塊。

 避けることもかなわなくてまともに食らってしまった俺は視界がクリアになると目の前にいた祐二に釘付けになった。

 ゴムの帽子をバケツ代わりに水を汲んで「第二攻撃!」と叫んだ祐二は先生がすごい勢いで笛を吹かれて大人しくなるとすごすごと帽子を被っている。

(あぁ……そっか、そうだったんだ)

 自分の中で出した答えはとんでもないものだったけれどそれは意外にもパズルのピースがすべて嵌るようにしっくり来た。

 祐二の周りだけ鮮やかに見えることもこの胸の痛みの体が熱くなる理由も、答えを導き出してしまえばそれを考えいたのがバカらしくなるくらい単純なことだった。

(俺は……祐二が好きなんだ)

 それは隣の家の幼なじみとしての好きじゃない、異性として俺は祐二に恋をしているんだ。

 自分の中ではっきりと意識した「恋」という言葉、それは相手が同じ男だからとかそんなことどうでもいいと思えるくらい威力があった。

 俺は祐二に触れたいし抱きしめたいしキスしたい。

 同じクラスの男子が女子の水着姿を見てそう思うように俺はもっともっと祐二に近付きたい。

「祐……っ」

「おっしゃ! 俺がリードッ!」

 指先だけが祐二の肌を掠めた、祐二の後ろ姿が水飛沫の向こうへと小さくなっていく。

(待って、俺を置いて行かないで……)


 あの日から祐二を追いかけ始めた。

 かっこいいと思われたくて頼れる男と思われたくて、どんな時でも祐二を守れる男になりたくて、それが逆効果になって祐二が離れた時期もあったけれどそれでも諦めきれなかった。

 その手を握ることが出来ないなら友達として側にいたかった。

「寝る前に変なこと思い出しちゃったな……」

 自分の顔が熱くなっているのが分かる。

 今思い出しても恥ずかしくて照れくさくて、でも一生忘れることの出来ない大切な出来事。

「とにかく、寝よう……」

 昂る気持ちを何とか静めながら目を閉じた。

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