『番外編』
貴俊くんの憂鬱【2】

 授業が始まって水の中に入った祐二は他の男子達と同様に悲鳴を上げた。

「うぉーーっ! 冷てぇーーーーっ」

 全天候型のプールで冬でも泳ぐことの出来るプールは当然温水機能もあるが、夏の間だけは閉め切られている天井も開いて普通の屋外プールになった。

 まだ真夏はもう少し先のせいかかなり水が冷たく感じた。

「動けばすぐに温かくなるぞーー!」

 プールサイドから飛んで来た先生の声に皆が異口同音に文句を返しながらウォーミングアップ代わりの水中歩行を始めた。

 まだ冷たい水もすぐに慣れ水を掻き分けながら歩くたびに肌の撫でる水の感触が心地良かった。

「たーかーとーしーーーっ! とりゃっ!」

「祐二、何やってるんだよ」

 俺はムッとしながら首をひねった。

 後ろを歩いていたはずの祐二の顔が自分の肩の上にある、勢いよく振り返ったらぶつかってしまいそうなほど近い。

「だって、水冷てぇーもん!」

 まだ幼い顔で笑う祐二の腕は俺の首にしがみつき、足は腰に巻きつけられている。

 水に触れるところは冷たいはずなのに背中だけは温かい。

「ちゃんと自分で歩きなよ」

「だって見ろよ! こんな鳥肌立ってるんだぜっ!」

 祐二が俺の顔に腕を近づけて見せる、確かに腕全体が粟立ち見るからに寒そうだ。

「歩けば温かくなるって先生も言っただろ?」

「いーじゃんか!」

 強気な祐二に押し切られてしまった。

 いや押し切られたわけじゃない振り下ろそうと思ったら簡単に出来たはず、なのに俺は振り下ろすどころか腕を後ろに回し祐二の体を支えていた。

 浮力のおかげで重みはほとんど感じなかった、けれど少し経って俺は体の異変に気付いた。

(胸の奥がまた痛い……苦しい……)

 もしかしたら自分は心臓の病気なんじゃないかと思った。

 さっきまで何ともなかったのに俺の心臓は破れそうなほど何かを訴えかけてくる。

(どうしよう……プールから出た方がいいのかな)

 このままじゃ心臓発作で俺は歩けなくなるかもしれない、そしたら背中にいる祐二も一緒に溺れてしまうかもしれない。

 背中にいる祐二のことを考えると胸が苦しい。

「祐二……」

 小さく名前を呟くと背中から伸びて来た祐二の顔が俺の顔を見ようと限界まで近付いて来た。

「呼んだかー?」

 何でもない、そう言い返そうとしたが一際大きな胸の鼓動に言葉が詰まった。

 祐二の温かい唇が一瞬だけ耳に触れた。

 まるで火傷するんじゃないかと思うほど熱かった。

 もしかしたら祐二が熱を出したのかもしれない、我に返った俺は慌てて振り向いた。

「おわっっっ!!!」

 勢いよく体の向きを変えたせいで背中に掴まっていた祐二の体が水中で離れていく。

 驚いた祐二の腕が俺に掴まろうとして俺の体も一緒に水中へと引きずりこまれそうになる。

(祐二……祐二を助けなくちゃ!)

 俺はプールの底に足をしっかり着けて暴れている祐二の腕を力いっぱい引き上げた。

「ゴホッ……ゲホッゲホッ!!!」

「祐二、祐二……大丈夫??」

 水から上がった祐二が激しく咳き込むのを背中をさすっていると頭上から先生の怒鳴り声が聞こえた。

 でも何て言ってるのかも分からず俺はただ祐二のことしか目に入っていなかった。

「ケホッ…………あービックリしたぁ! 溺れるかと思ったぜ」

「ごめん……祐二」

(本当に溺れるかと思った)

 冷たい水の中にいたのに俺の体はその水よりも冷たいんじゃないかと思うほどだった。

 今になって小さな震えが体が襲い、俺は泣き出しそうになりながら祐二に謝った。

「別にいいって! ビックリしただけだし」

 笑ってくれる祐二にホッとした。

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