『番外編』
初めてのバレンタイン【29】
そんなかのこの気持ちを察したのか和真は何でもないとでも言うように頬をひと撫でする。
「バレンタインに欲しいものを聞いたよな?」
「う、うん……」
和真が出張に行く前にした話が今回の騒動の発端になったのだから忘れるはずがない。
もともとあんな話さえしなければこんなことにならなかったんだと、自分から話を振ってしまったことにかのこは自業自得だと気付いた。
「だが俺は欲しい物は自分で手に入れる主義だ。ましてや女に貢いで貰うのはごめんだ、特に自分の女からはな」
それに、と和真は続けた。
「俺が手に入れられない物はない」
きっぱりと言い切られてかのこはさすがに引き攣った。
(そりゃそうでしょうとも……)
性格はちょっと問題ありでも、お金を持ってて、顔も良くて、きっと今までも自分の欲しい物は難なく手に入れてきたはずの和真。
そんな自信の一つも如月和真という人間の魅力の一つかもしれない。
「だからお前をもらう」
「わ、たし?」
かのこが自分を指差すのを見て和真は小さく頷いた。
まだ結ばれていない恋人同士ならそんなセリフも分かる、けれどもう何度も体を重ねているかのこにはその言葉の意味が分からなかった。
「イベントでお前が俺のために金を使う必要はない」
「でも……私だって誕生日とかプレゼントを渡したい。そりゃ……たいした物は買えないかもしれないけれど、それでも私は……」
「だから、お前をくれればいい」
普通のOLと会社の社長の息子という違い(身分差)はあるけれど、自分に出来る範囲で精一杯の物を贈りたいと思っていた。
それをあっさりと断られると少し寂しい気がした。
かのこがあからさまにガッカリとした表情でうな垂れるの和真は頬に手を添えて上を向かせた。
「プレゼントを選ぶ時間があるなら俺のそばにいればいい」
「えっ?」
「誕生日だろうがクリスマスだろうがバレンタインだろうが、お前が俺に何かをやりたいと思うならお前の時間をくれればいい。それが俺の欲しい物だ」
目をパチクリさせたかのこは少ししてその言葉の意味を理解した。
あまりに熱烈な言葉に心を震わせていると和真はこう付け加えた。
「今年のバレンタインは日曜の夜までのお前の時間を貰う」
それはかのこに有無を言わせない響きがあったが、かのこは嫌などと言うつもりはなかった。
(最初からそう言ってくれれば良かったのに……)
随分、随分……遠回りして聞かされた和真の優しくて激しい心のうちにかのこは呆れたがそれよりも嬉しい気持ちが数倍も勝った。
「和真……」
かのこは瞳も声も潤ませて和真の瞳を覗きこんだ。
優しい和真が物足りないわけじゃない、けれどいつもの雄雄しい和真に嵐のように奪われたいと求めていることをかのこは隠しはしなかった。
和真は頬に手を添えたまま触れるだけのキスをしてすぐ離れた。
「後でたっぷり可愛がってやる。途中でバテないように腹ごしらえしとけ。遠慮するなよ、腹が出てても萎えたりしないからな」
「ヴッ……」
(せっかくいい雰囲気だったのに!)
相変わらずの一言でようやくいつもの和真らしくなったことに腹立たしいやら嬉しいやら複雑なかのこは言われた通り遠慮することなくすっかり冷めてしまった弁当に手を付けた。
それを満足そうに目を細めた和真は酒を片手におかずをつまむ。
和真の宣言通り、初めてのバレンタインは二人にとって忘れられないものになりそうだ。
end
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