『番外編』
初めてのバレンタイン【28】
そういうとニンマリと笑い小さなグラスに酒を注ぐと満足そうに飲み干すと空いたグラスに酒を注ぎそれをかのこに手渡す。
(このお酒に罪はないけど飲みたくない、かも)
だが有無を言わさない和真の視線を受けてかのこはグラスになみなみと注がれた酒に視線に落とし、もう一度視線を上げると和真の顔色の窺うように上目遣いで見上げた。
「ハァ……最初から泣かすつもりもするつもりもなかったんだけどな。ったくお前にはいつも調子を狂わされる」
かのこに向けてなのか独り言なのか分からないほど小さな声で呟いた和真はグラスの中身を一気に自分の口に含んだ。
「えっ!? どして……ッ」
いきなり酒を飲まれてしまいオロオロしているかのこの顎を指で持ち上げると和真は顔を傾けて唇を重ねた。
突然のことに戸惑ったかのこは和真の体を突き飛ばそうとする、だが和真の手がそれを阻むように強い力で抱き寄せるとさらに唇が押し付けられた。
(やっ、な、なに……っ)
いつもの息苦しいキスにかのこは逃げ出そうとする。
けれど口の中に喉に流れ込んできた冷たい酒にようやく和真の意図が分かり大人しく唇を開いた。
(あっ……美味しい)
喉をなでる心地良い感じに含んだ酒はあっという間に喉を下りていった。
「どうだ、美味いか?」
唇の端から溢れた雫を舐め取った和真はいまにも唇が触れてしまいそうな至近距離からかのこの瞳を退き込んだ。
さっき泣き腫らしたせいで真っ赤になった瞳にジッと見つめられ和真は吸い込まれるように軽く唇を重ねてからもう一度かのこの顔を見つめた。
「泣くほど嫌だったのか?」
涙の痕の残る目尻を指で撫でる和真の優しい声にかのこは少し目を伏せた。
かのこは触れられた指に顔をすり寄せた。
声や態度は意地悪で冷たいけれど手の優しさはいつも変わらないことに触れられるたびに気付かされる。
「は、恥ずかしかっただけ……。本部長に聞いて……あの……あんな風にお酒飲むとか……知らなかったから」
「いつもはもっと恥ずかしいことしてるのに、か?」
「だ、だって……それとこれとは……」
「違うのか?」
「違う……と思う。それに、あんな風にお酒飲んでもきっと美味しくない……と思う」
かのこの言葉に一瞬したポカンとした和真は破顔すると声を上げて笑った。
(そりゃ、美味いわけないよな)
そんなことを考えるのはかのこぐらいだろうと思い、やはりかのこは自分を色んな意味で飽きさせない人間だと改めて思う。
そして……これほど手放したくないと思える相手に出逢えたことを今さらながら奇跡とさえ思った。
「和真? ど……したの?」
笑っていた和真にジッと顔を見つめられていることにかのこは不安になった。
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