『番外編』
初めてのバレンタイン【24】

(お腹が痛くなったことにしよう)

 まだキッチンから音が聞こえて来ることを確認したかのこはそろりと歩き出し置きっ放しの鞄を持ち上げた。

 後のことを考えている余裕はなかった。

 ただこの状況だけは回避したいと身体の危険回避の本能が働く。

 なるべく音を立てないようにだが素早く動き、息を殺しながら玄関へと向かった。

(後でちゃんとメールで謝ります!)

 胸の中で何度も何度も手を合わせ頭を下げるかのこは何とかリビングから脱出して廊下へ出ると少しホッとして息を吐いた。

 だがまだ油断は禁物で周囲に気を張り巡らせながら一本道の玄関へと急ぐ。

(たまには……私だってこれぐらいしなくちゃね!)

 いつもやられっぱなしの鬱憤が溜まっていたかのように気持ちを大きくしながら玄関へ辿り着くと靴を履いた。

 かのこはチラッと後ろを振り返り和真がそこにいないことを確認して最大の難関である玄関のドアに触れた。

 なるべく音を立てないように鍵を開錠しなくてはいけない。

 かのこは注意深くサムターンを摘まむとゆっくりゆっくり音を立てないように回した。

 ――カチッ

 小さな音を立てて鍵が開いた。

 ほんの小さな音にかのこはビクッと体を震わせたが、気を取り直して今度はドアのノブを握りゆっくりと下げるとドアを押し始めた。

「雨が降り出したぞ、傘はいいのか?」

「えっ、雨!?」

 咄嗟に返事をしたかのこは「ギャッ!」と悲鳴を上げた。

 あまりにも自分が単純なことに嘆きかのこはゆっくりとドアを閉めると目の前のドアを見つめながら立ち尽くした。

(い、いつの間に!? ってか音なんかしなかったのに!)

 すぐ後ろに立っているだろう和真の顔を振り返ることも出来なかった。

 足音どころか気配も消して近付いた和真に驚きつつもこれから自分の身に起こることばかりが気になってしまう。

「どうした? 帰るんじゃないのか?」

 背中に小さな風を感じたことで和真が近付いたのが分かった。

 さっきよりも近い位置、少しでも下がれば触れてしまいそうな位置に和真が立っている。

「そんなに帰りたければ……」

 耳のすぐ近くで声がしたと思ったら横から伸びて来た手にかのこはビクッとした。

 何かされる! と身構えたかのこだったがその手は身体の横を通り過ぎてドアの方へ伸びた。

「帰ればいい」

 突き放したような冷たい声。

 さすがにビクッと体を震わせたかのこは慌てて和真の顔を振り返った。

 真上にあった和真の顔に驚きながらもその表情を仰ぎ見たかのこは頭のてっぺんから血が引いていく音が聞こえたような気がした。

「なわけあるか、誰が逃がすかよ。来い、お仕置きの時間だ」

「イィィィィーーヤァァァァー」

 ガシッとウエストに腕を回されたかのこはドアから引き剥がされズルズル引きずられた。
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