『番外編』
初めてのバレンタイン【23】

「お酒は……」

「一緒に飲むだろ? たまにはお前も付き合えよ」

 問いかけられてかのこは激しく首を横に振った。

 だが和真はそんなかのこの反応が気に入らなかったらしく、はっきりと見て分かるほど深い皺を眉間に刻みかのこを見下ろした。

「俺とは飲めないとでも言うのか?」

 まるで悪酔いした上司のようなセリフだ。

 だがかのこはそんなことを気に掛けている余裕はなく、黙って首を横に振ることしか出来ない。

(どうしよう……なんかどんどん嫌な方へ行ってる気がするよー)

 ますます逃げ場がなくなっているような感覚に少しずつ怯える瞳に涙が込み上げてくる。

「なら飲めよ。安心しろ気分が悪くなっても明日は休みだし、俺がちゃんと介抱してやる」

(介抱しなくていいから解放して下さいっ!)

 胸の中で呟きながらかのこはただ頬を引き攣らせた。

 そしてずっと覆い被さっていた和真がようやく体を起こしてソファから下りた。

 かのこはほんの少しだけ圧迫感がなくなったことにホッとして嘆息しながら身体から力を抜いた。

 それを見ていた和真は高い位置からかのこを見下ろし、冷ややかな視線を送った。

「準備してくる。分かってるとは思うが……逃げるなよ?」

 しっかりと(五寸)釘を刺し和真はキッチンへと姿を消した。

「ハァァァァッ」

 かのこは大きく息を吐きながらソファに突っ伏した。

 緊張なのか恐怖なのかガチガチに固まった体を解すように首を回しながら足をバタつかせた。

(本当にやる気なの……かな)

 キッチンからカチャカチャと聞こえて来る音に耳を傾けながらかのこは再び仰向けになった。

 ソファに置いてあったクッションを引き寄せて胸に抱き寄せると、真尋から聞いた「わかめ酒」の真実を思い出した。

『わかめ酒っていうのは……お酒の種類じゃなくて飲み方だよ』

 そう言った真尋の言葉の意味が分からなくて首を傾げると真尋は少し困ったようにでも楽しそうに説明を続けた。

『裸の女性が正座をして上半身を反らして……出来た窪みに酒を注いでそれを飲む、らしいよ。俺も実際にやったことはないから知識として知ってるだけだよ』

 さりげなく自分はしていないことを主張した真尋だったが最後の方の言葉はかのこの耳には届いていなかった。

 分かりやすい真尋の説明に頭の中にはその姿が簡単に想像出来た。

 そして頭の中に自分がしている図を想像出来たかのこはボンッと効果音が付いてもおかしくないほど真っ赤に顔を染めて本部長室を飛び出した。

(で、出来ない……私には出来ない……)

 今まで色んなことをして一気に大人の階段を上ってきたかのこもさすがに抵抗があった。

『遊びの一つだよ』

 真尋は口も聞けなくなったかのこにそう付け加えた。

 もちろんそんなことが遊びではなくて世の中の恋人が愛を確認するために夜毎「わかめ酒」を楽しんでいたらたまらない。

 その言葉に少しだけかのこはホッとした。

 だが和真が戻って来れば自分がそれをやらなくてはいけない。

 ここ来て急に話の内容が現実味を帯び始め、かのこはさっきの和真の言葉などすっかり忘れてソファから飛び下りた。

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