『番外編』
初めてのバレンタイン【22】
(食べられる! 食べられる! 本気で食べられるっ!)
ソファに押し付けられるように肩に置かれた和真の手がかのこの首に触れた。
細い首を撫でながら上がっていく指は強張ったかのこの頬に触れ止まる。
「お前の怯える顔は悪くない」
「べ、別に怯えてなんかっ……」
「強がる所も飽きない」
「あ、飽きないって!……それに強がってなんかっ……」
和真の指先がゆっくりとかのこの顔の輪郭をなぞり、不満そうに尖らせた唇に触れた。
からかうような和真の視線に掴まったかのこは逸らしたくても逸らせない視線を和真に据えたまま浅く短い息を繰り返している。
「怖いのか?」
「な、何が!?」
「この後、何をされるのか分かってんだろ?」
「――――ッ」
探るような視線に咄嗟に誤魔化すことの出来なかったかのこはハッと目を見開き一言も出なかった。
その表情で確信したように和真の顔はしてやったりと微笑む。
「たった十日を大人しく出来ないのか?」
「…………」
「悪い子にはお仕置きだと言っておいたはずだが?」
「あ、あれから……何もし、してない……よ?」
(バレるわけない、よね?)
昼間、真尋のところで聞いたことは聞かなかったことにしようとかのこは引き攣った笑顔で答えた。
まさか会社の本部長とそんな会話をしたなんて、さすがの和真も思いもしないだろうとかのこは高を括っていた。
「当然だな。そこまでバカじゃないと思いたい」
かのこは唇の端を上げた和真の顔にギクッとしながら乾いた笑いを返すしかない。
(なんか……もしかしたら、バレてる??)
けれど確認しようにもそんなことを聞けば、必ず和真の方から「なぜ?」と聞かれることは分かっていた。
かのこは言い知れぬ恐怖に半ば泣き出しそうになる。
「かのこ、バレンタインのプレゼントくれるんだったよ?」
「――――!!!!」
(キタ、キタキタキターーッ)
ドクンとなった心臓に気付かれていないかかのこは気が気じゃない。
「どうした、かのこ?」
「う、ううん? でも……ほら、バレンタインよりも先に……ご飯、ご飯食べたいなぁ?」
何とか和真の言う「バレンタイン」を回避しようとかのこはあまり速いとは言えない脳みそをフル回転させた。
だが和真は相変わらず余裕の表情で笑っている。
その貼り付けたような笑顔の奥に何を隠しているの、かのこには知る術もなく途方に暮れるしかない。
「そうだな。飯か……飯なら酒も一緒に飲むか」
いよいよ核心を突いた言葉にかのこはさすがに顔から血の気が引いた。
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