『番外編』
初めてのバレンタイン【21】

「いい加減、観念しろよ」

 呆れた口調の和真はドサッとソファに腰を下ろすとかのこの身体が揺れた。

 正面から向けられる視線はなくなったものの、横からの冷ややかな視線に自然とかのこの身体は強張ってしまう。

「分かってるだろ」

 ――逃げられるわけがないって。

 和真が口にしなくてもそこに言い含められている言葉は想像出来た。

「心の準備は出来たか?」

「な、なんの……」

「バレンタイン、一緒に居られなかったからな」

 バレンタインの言葉にかのこはギクッとした。

(き、きたっ……)

「寂しい思いをさせた分、埋め合わせはたっぷりさせて貰う」

 普通ならそれは嬉しい言葉になるはず、なのに和真が口にするとなぜだか素直に喜べない。

(寂しくなかったですから……)

 半分本心のそんな気持ちが喉元まで来ていたかのこだったがそれは声になることはなかった。

 それはそんなことを言えば和真が何倍にでも返してくることが分かっていたこともあった、だがそれだけではなかった。

 肩を抱くように体を寄せていた和真の目元が柔らかくなったからだ。

 仕事中はもちろん穏やかな瞳、だが私生活では獣のような獰猛な瞳、その二つとも違うほんのたまにしか見せることのない優しさの奥に熱を秘めた瞳。

「ようやく触れられる」

 普段は到底口にしないような言葉を囁くと何日かぶりに唇を重ねた。

 少し冷たい和真の唇はほんの数秒重なっただけですぐに離れていくのをかのこは少しだけ寂しく思った。

 口角がわずかに上がった薄い唇を目で追っているとその唇は形を変えすぐに小さく笑う声が聞こえる。

 ハッとしたかのこが視線を上げると愉快そうに目を細める和真と目が合った。

「物足りないか?」

「ち、違っ……」

 実際は本当のことだったがかのこが頷けるわけもなく大げさに首を横に振った。

 だが和真はあえてそこに突っ込まず小さく笑っただけでかのこの抗議を受け流し空いている方の手でかのこの髪を梳いた。

「忘れられないバレンタインにしないとな?」

 すっかり甘い雰囲気に酔っていたかのこの表情がみるみる強張る。

 このまますべてを和真に委ねてしまうことへ何の躊躇いもなかったのにどこまでも和真は和真でしかないらしい。

 いつの間にか獰猛な獣の瞳に戻り、二人は恋人から狩る者と狩られる者へと変化した。

「さ、さきにご飯食べた方が……私お腹空いちゃったなぁ」

「あぁ……俺も減ってる」

 その場しのぎの思いつきを和真に肯定されてかのこの表情が明るくなった。

 かのこはダイニングのテーブルの上に置いてある弁当を取りに立ち上がろうとすると一瞬浮きかけた身体は背中からソファへと沈み込んだ。

「か、……ずま?」

「十日も食ってないからな。じっくり味あわせてもらう」

 本日のメインは子兎……に決定!?

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