『番外編』
初めてのバレンタイン【18】

(やっぱり帰りたい)

 鍵を開けている和真の後ろに立っていたかのこはもう何度目かのため息をつきそうになる。

 昼休みが終わる少し前、本部長室を出たかのこは自分を取り戻すのに相当の時間を要した。

 それほど真尋から聞かされた真実に大きなショックを受けたのだ。

(あんなに悩んだ私がバカみたい……)

 まさか、まさか『わかめ酒』がそういう意味だったとは……こんなことなら和真の言いつけなんて守らずに自分で調べれば良かったと激しく後悔した。

 あんなくだらないことのために費やした時間。

「ハァァァッ」

 堪えきれない大きなため息がかのこの口から漏れた。

「何をしてる。早く入れ」

 鍵を開けて中に入った和真は立ち止まったままのかのこに振り返った。

(ここに入ったら……出してもらえない……んだよね?)

 そう思うとなかなか足が動かない。

 かのこは上目遣いでチラッと和真の顔を見る、その表情はいつもと何も変わらなくて何を考えているのか察することも出来ない。

「あ、あの……」

「なんだ?」

「ラ、ラーメン……食べに行きませんか? この前テレビでやってたお店に行ってみたいなぁ……って思ってて」

「…………」

「それに甘い物……あ! ケーキとか食べたいなぁ」

 何とか部屋に入ることだけは回避しようとかのこはしどろもどろで言葉を紡ぐ。

 だが和真は表情をまったく変えずかのこを見つめているだけ、何も言わないが周りの空気が急に下がったような気がした。

 その冷ややかなオーラに本能からかのこは自分の身の危険を感じた。

 けれどすでに遅かった、黙っていた和真の口元がわずかに緩められた。

 それは悪魔の微笑。

「逃げるのか?」

 緩められた口元から発せられた静かな声、そこには決して怒りも不満も感じられない。

 ただこの状況を楽しんでいるかのような余裕が感じられた。

「に、逃げるとかじゃなくて……」

 かのこは図星を指されて笑った顔の奥で冷や汗を流す。

 もう何度も何度も同じ事を繰り返して分かっていたことだった、和真にはかのこのことなど手に取るように分かるのだ。

 それなのにまたそこから逃れようと無駄なことをしてしまった。

 和真が一歩踏み出すのを見てかのこはゴキュっと喉を鳴らすと覚悟を決めた。

「別にいいぜ? 帰りたければ帰っても」

「えっ?」

 意外な和真の答えにかのこは目を瞠った。

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