『番外編』
初めてのバレンタイン【16】

 和真におつかいを頼まれた昼休み。

 かのこは本部長室のドアを控えめにノックした、だが中から返事は聞こえずもう一度今度は強めにノックをする。

 耳を澄まして中からの返事を待っても何も聞こえなかった。

(外出中かもしれないわ)

 少しガッカリしながら預けて行くしかないと振り返ろうとしたかのこは自分を覆う影に気がついた。

 かのこが振り返るより早く真後ろに立った男は口を開いた。

「珍しいお客さんだねぇ。でも可愛い子はいつでも大歓迎、さぁ入って入ってー」

 肩に手を置かれたと思ったら後ろから伸びて来た手がドアを開くとかのこは半ば強引に部屋の中へと押し込まれた。

(相変わらずだなぁ……)

 軽い口調、適度なスキンシップ、人を警戒させない穏やかな微笑、そのどれをとってもあの人と同じ血が流れているとはかのこは未だに信じ難い。

 如月真尋、和真の三歳違いの兄で自称フェミニスト。

「それで今日は何かな? デートなら……来週の水曜日なら空いてるよ。フレンチ、イタリアン? んーそれとも……美味しい鶏料理屋さんに行こうか?」

「ほ、本部長……あのっ……」

「他人行儀だなぁ、真尋さんって呼んでくれないの?」

 部屋の中に入りかのこをソファに座らせた真尋は隣に寄り添うように座り肩を抱いた。

 空いている手で携帯を操作しながら予定を確認する真尋の口元ははっきりとからかいの色を見せている。

(うぅっ……これさえなければいい人なんだけど……)

 真尋にそんな気がこれっぽちもないことをかのこには分かっている。

 可愛い弟の彼女をからかってちょっかいを出して、それでまた可愛い弟が自分に向かって感情を露わにするのが楽しくて仕方がないのだ。

「こ、これっ! 課長からのお土産ですっ!」

 かのこは半ば強引に持っていた紙袋を真尋に押し付けた。

 無理な体勢で体を捩るように自分の胸元に押し付けられた紙袋に真尋は一瞬驚いた顔をしたもののすぐにニッコリと微笑んで受け取った。

 おかげで真尋の身体が離れたかのこはホッと息を吐いた。

 真尋は受け取った紙袋の中を覗き込むと満足そうに数回頷いた。

「あ〜これこれ。明日デートする子がねぇ、ここのチョコが大好きでさぁー。なんか他の子とデートしてるの見られて可愛くヤキモチ妬いちゃってくれてるんだよねぇ、和真に助かったよーって伝えておいてくれる?」

「はい、分かりました。それでは私は失礼しま……っ」

 その言葉が事実かどうか……はっきり言って分からない。

 かのこは引き攣りそうな顔を何とか堪えながら笑顔を作った。

 用が済んだらさっさと退室しようとかのこは立ち上がろうとしたが腰を浮かしかけたところで手首を掴まれソファに逆戻りした。

(…………ホント勘弁して下さい)

 そんなかのこの心の声が聞こえたのか真尋はチョコをテーブルの上に置くとズイッと顔を寄せた。

「たまにはかわいそうな俺の相手をしてくれてもいいのになぁ。未来の義理の妹に邪険にされたらどうしたらいいのか……」

 真尋はそう言うと明らかに演技と分かるほど大袈裟に両手で顔を覆って泣き声を上げた。

 かのこは「義理の妹」という言葉にはにかみながらも、エスカレートする真尋の演技を止めるのは今は自分しかないと思うとガックリとうな垂れる。

 いつもは和真や和真の双子の妹の初乃が暴走する前に止めている、二人の容赦ない態度にかのこは驚いていたが実際自分が同じ立場に立たされるとそれも納得だった。

「どう? アイツと仲良くやってる?」

 急に普通に戻った真尋に尋ねられ出鼻を挫かれたかのこだったがそれでもすぐに気を取り直して背筋を伸ばした。

 真っ直ぐ見つめた真尋の顔はやはり和真によく似て端正な顔立ちだが、性格もあるのか和真の数倍、いや百倍は親しみやすさを感じる。

「え、えぇ……はい、一応……」

「アイツ大変でしょ? 無愛想だし何考えてるか分かんないし」

「あは、ははは……」

(それって何て答えたらいいんですか!?)

 的を得た言葉はやはり兄弟だからかもしれない。

 あれほど表と裏のある人は今まで見たことがなかったくらい、人前で愛想はいいし優しいし気配りが出来るのになぜか身内の前ではニコリともせず必要なことしか話さない。

 それは……たとえ恋人の前でも変わらないというのだから今までの彼女はどうしていたのか聞いてみたい。

 かのこは真尋の言葉に苦笑いを浮べるしか出来なかった。

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