『番外編』
初めてのバレンタイン【15】

 かのこは何とか顔で笑顔を作りながらも冷や汗を掻いていた。

 和真が口にした「また」という言葉がどうしても引っ掛かってしまう、しかも「また」と言われてしまうことに心当たりがあるからなおさらだった。

「何してる。さっさと来い」

 相変わらず愛想のない言い方だがかのこが持っていた荷物を持つあたりは少しは優しいのかもしれない。

 けれどかのこはそんな優しい和真が何を考えているのか怖くて仕方がなかった。

(やっぱり帰りたい……)

 そう思いながらもエントランス入り口の自動ドアの前で立っている和真の射すくめるような視線に慌てて駆け出して隣に並んだ。

 エレベーターを待ちながらかのこはチラッと隣の和真を見た。

 いつ見ても端正な顔立ち、目の辺りまである前髪は今は綺麗に後ろに撫で付けてある。

 その髪型のせいで少し硬いイメージがあるが、いつもきっちりとスーツを着こなす和真には似合っていた。

 またオフの時のギャップを他の人が知らないことへの優越感を感じていたかのこはそんな理由もあり少々"オヤジクサイ"和真の仕事姿も気に入っていた。

「かのこ」

「はぃ?」

 ボンヤリしているところに突然名前を呼ばれたかのこは裏返った声で返事をした。

 それを誤魔化すように咳払いをしているかのこをチラッと見た和真は小さく笑ってまた視線をエレベーターの階数表示に視線を戻した。

「本部長にはちゃんと渡したか?」

 淡々とした口調はまるで何でもないことのように聞こえた。

 だがかのこはその言葉にギクッとして返事が遅れた。

「も、もちろん。渡しました、よ。……えっと助かったとか言ってました」

「ふん……」

 取ってつけたような返事に和真は鼻を鳴らすような返事をした。

(ど、どうしよう……気まずいっ)

 いつもはあっという間に着くはずなのに今日はやけに長く感じられる小さな箱の中。

 かのこは落ち着かずにチラチラと和真の顔を盗み見たが、その表情からはいつものことながら何も窺えない。

「そ、そうだ! ご飯、どっか食べに行きましょうか?」

 何とかこの雰囲気を払拭しようとしたかのこは思い切って口を開いた。

 だが和真はジロリとかのこを見下ろした。

 その視線がやけに冷ややかなことに気付いたかのこは思わずほんの数センチだが和真から離れた。

「部屋で食う。帰りがけに買って来た」

 そう言われて和真の手元を見ればデパートの袋が提げられていて、その中身はどうやら弁当らしき物が入っている。

 そしてかのこはここに来てようやく和真の言葉を噛みしめた。

『週末は外に出られると思うなよ』

 週末ではなく部屋に入った瞬間から自分は外に出られないんだ……かのこは何とかしたいと思ったが何一ついい案が浮かばずにうな垂れた。

 だいたい自分が何かしたところで和真が考えを変えるはずがない、しかもこうなったのはほぼ間違いなく自分のせいだと分かっている。

 かのこには「お仕置き」をされる心当たりが色々とありすぎたのだ。

 エレベーターはゆっくりといつもの階に止まり扉が開いた。

 和真が先に降りかのこが続く、かのこは降りる直前このまま閉ボタンを押してしまおうかと思った。

 だが最後の悪あがきに気付いたのか先を行く和真がチラッと振り返ったのを見て慌ててエレベーターを降りた。

 後ろで扉が音もなく閉まりゆっくりと降下を始める、かのこは嘆息すると重い足を引きずるように歩きながら「また」増やしてしまったお仕置きの理由を思い返した。

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