『番外編』
初めてのバレンタイン【14】

(自分のアパートに帰ってもいいですか?)

 右手には小さなキーホルダーの付いた鍵。

 左手には通勤バッグと小さめのボストンバッグ。

 そしてマンションの入り口に立ち上を見上げてため息をついた。

 さくらのあの例え話風に言うと……。

 明日の朝一の小テストがいきなり帰りのホームルームでやることになりガックリしていたけれど、先生の顔を見れて嬉しくなったところに……実は小テストではなく成績に影響が出る普通のテストに変更になりました。

 くらいの衝撃を受けたかのこ。

 とりあえず仕事を終えて和真のマンションまでやって来たのはいいが入り口の前で足はピタリと止まってしまった。

「どうしよう……逃げたい」

 けれど逃げ出したところで状況が変わることがないことは分かっている。

 むしろその後が怖いからそれだけは出来ないと何度も回れ右しそうになる足を引き止めた。

 しかもこういう日に限って残業はナシ。

(これは誰の陰謀だろう……)

 誰の陰謀でもないことは分かっているけれど、誰かのせいにしたくてくだらないことを考える。

 誰かのせいにするとしたら今こんな気持ちにさせているのはただ一人しか思い浮かばない。

 その張本人から夕方メールが来たきり姿は見ていなかった。

 かのこはポケットをゴソゴソ探って携帯を取り出した。

 鍵を持つ手で器用に携帯を開き、もう何度も見て文面も覚えているメールを開く。

『部屋で待ってろ。飯は帰ってから』

 恋人からのメールではなくまるで長年連れ添った夫婦のよう、いや……まだ夫婦の方がもう少しマシかもしれないとかのこはうな垂れる。

 だがこんな素っ気無いメールもいつものことなのでさほど気にはしていない。

 むしろ気になるのは……と思い出してしまったことを振り払うように頭を振ったかのこは暗い顔で深いため息をつきながら携帯をポケットに押し込んだ。

(風邪を引いたことにしよう……)

 逃れるにはこれしか方法はないとかのこは力強く頷くとクルッと向きを変えた。

 けれど足を踏み出すことが出来ず摺り足で後ずさりを始めたかのこの顔は引き攣ったような笑いを浮べ一点を見つめている。

「鍵でも忘れたか?」

 その声にかのこの手の中の鍵が滑り落ち小さな音を立てた。

 かのこの視線の先にいる人物はゆっくりと近付くと、かのこの足元に落ちた鍵を拾うとニッコリ微笑んだ。

「なんだあるじゃないか。お仕置きの理由が"また"増えると思ったのに……残念だなぁ」

(神様は意地悪……いや残酷ですよね)

 顔にはこれでもかというくらい満面の笑みを浮かべたその人の名は如月和真。

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