恋風(こいかぜ)【3】
恥ずかしさばかりが先行して保てない平常心、返す言葉を見つけられなくて、考えるよりも先に手が出た。
本気で叩いているわけでもないし、相手も本気で嫌がっている素振りもない、むしろ楽しんでいるように見えた巡はさらに振り下ろす手に力を入れた。
もう恥ずかしいことばっかり言って、こんなに恥ずかしい奴だったっけ?
大きく振り上げた腕が亮太郎の胸元に叩きつけられる間際、巡は耳に届いた声に身体を硬直させた。
「お、お兄ちゃん!?」
建物から出て来た尋が煙草を銜えながら不思議そうな顔をして二人を見ている。
「よー、尋」
「よー、じゃないよ。何、二人でじゃれてんの?」
「ち、違うの! お兄ちゃん!!」
近付いてくる尋の姿に巡は慌てて亮太郎を押し退けて前に出た。
ど、どうしよう……お兄ちゃんに何て言えばいいの?
ううん、お兄ちゃんに言えないよ!
だってお兄ちゃんの親友なのに……こんなことになるなんて、なんて説明していいのか分かんない。
「違う、って何が?」
二人の前に来た尋がキョトンとする。
顔面蒼白の巡と、それを見てニヤニヤする亮太郎、二人の顔を見比べた尋は首を傾げるとゆっくりと亮太郎へ視線を向けた。
「なに、お前振られたの?」
「へっ!?」
「なんでそーなんだよ」
驚く巡に対して亮太郎は驚いた様子もなく、そのことがさらに巡を驚かせた。
ど、どういうことなの?
「だって、巡のこの顔。今にも倒れそうなほど引き攣ってる」
尋に指を差され目を白黒させた巡は尋と亮太郎を交互に見た後に尋の方へと飛び込んだ。
「お兄ちゃんっ! ち、違うんだよ! 巡はお兄ちゃんのこと好きだよ!」
「おいおい、巡ちゃん。そりゃない……」
「だ、だけど……その、何ていうか……自分でも良く分かんないんだけど、気が付いたらそんな感じで、お兄ちゃんのことは好きなのに……それなのに……」
尋の胸元に飛び込んだ巡がクスンと鼻を鳴らすと、尋は困ったような笑みを浮かべて巡の肩を抱いた。
トントンと優しいリズムで肩を叩かれてホッとしながら、背中に向けられている視線を感じて不安になる。
「違ったんだろ?」
いつも通りの優しい声に巡が顔を上げると優しい穏やかな瞳と目が合った。
「お兄ちゃん……」
「リョウは違ったんだろ? 前に俺が言った意味、分かった?」
黙って肯いた巡が尋に頭を撫でられたままでいると後ろから大きな咳払いが聞こえた。
忘れていたわけじゃないけど……。
兄の優しさに触れて、この場所の居心地の良さはやっぱり自分に必要な場所だと、巡は改めて感じてしまった。
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