恋風(こいかぜ)【44】
「か……語り合うとか、言ったくせに……」
まるで責めるような物言いになってしまっても、前を歩く亮太郎は振り向かない。
夕方の混雑が始まる前の静かな道路に亮太郎の松葉杖をつく音が静かに響く。
「これからは水曜日以外にも会えるだろ?」
「そ、そんなの……分かんない」
「会いたくない?」
そういう聞き方はズルイ、顔も見えないから本気か冗談かも分からない。
自分の気持ちを打ち明けることの恥ずかしさにようやく気付いて、あれほど兄に「好き」と言えたことが不思議でしょうがない。
「そうだ……そういえば後から説明するって言ったやつ」
「……え、あ……うん?」
(しまった……さっきの返事してないのに、これじゃ会いたくないって思われてるかもしれないじゃん!)
自分のことは棚に上げ、亮太郎の間の悪さに一言文句が言いたくなる。
「病院で帰れって言ったけど、あれは巡ちゃんに向けてじゃなくて、大学の奴らに言ったの」
「どういう、意味?」
「あーもう、ほんと鈍いなぁ。まーそういうとこも可愛いんだけどさ」
(あ……まただ)
今日は亮太郎の一言一言が気になって仕方ない、こんなにストレートな表現をするような人だったのか、前のことを思い出そうとしても頭の中は目の前にいる亮太郎のことでいっぱいだった。
「あれは、巡ちゃんを他の奴に見せたくなかったから。まだ口説き落としてないのに、他の男にかっさらわれたくなかったし」
言われたことは分かったけれど、こっちが恥ずかしくなるような言葉の連続に、巡はもう限界だった。
(どうせ、からかってるんでしょ!)
顔が見えないから言葉の真意が分からない。
松葉杖で不自由なはずなのに自分をより先を歩く亮太郎、そのことがさらに巡の不信感を煽る結果になった。
「もう! ふざけてばっか……」
早足で亮太郎の前に回り込んだ巡は言いかけた言葉を呑み込んだ。
(な、なに……)
「こんなことふざけて言えるか、バーカ。ったくカッコつかねーから見られないようにしてたっつーのに」
真っ赤に染まった顔はまるで夕陽のよう、いつもは真っ直ぐ見つめる強い瞳が、ぎこちなく空を仰いでいる。
(もしかして……照れてる、の?)
初めて見る亮太郎の新たな一面、いつもなら面白くてつっこむはずの巡も、今日はいまいち歯切れが悪くなってしまう。
「バ、バッカじゃないの。恥ずかしい奴!」
「そういう巡ちゃんも顔、真っ赤。照れてんの? 可愛いー」
「うるさい! バカ白石ッ!」
「あ、ひどくね? 俺は巡ちゃんって呼んでるんだから、俺のことも名前で呼んでよ」
「別に呼んで欲しいなんて頼んでないもんっ」
頼んではいないけど、呼ばれるたびにドキドキしてる自分がいる。
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